第25話 本当の想い

人が恋に落ちる瞬間を目の当たりにしてしまったジェシカは、立ち去ることも出来ずに空気のように静かにその場に立ち続けていた。若干居た堪れない気持ちであえると、ステファニーがジェシカのほうを見て上品に微笑んだ。


「勝手に話を進めてしまってごめんなさいね」

「いえ、大丈夫です!」


むしろ二人が心を通させる場面に割り込んでしまった形になり申し訳ないぐらいだ。


「コナー様の対応は間違っていたけれど、彼の勘をわたくしはそれなりに信用しているわ。コナー様はエイデン様に問題があるとお考えなのですよね?」


「……ああ、根拠はないがエイデン殿の雰囲気は少々危うく感じる。立ち回り方を見ているとジェシカに危険はないと思っているが、それが良い事なのかどうかは分からない」


ステファニーの反応を窺うように視線を向けているコナーの態度は初々しささえ感じさせる。ジェシカの妹扱いとは違い、明らかに想い人に向ける反応が可愛くてジェシカは心の中で悶えた。


「エイデン様は他の方々よりもジェシカさんに配慮しているように見えるけれど、これまで他人に関心を示さなかっただけに気になるわ」


冷静なステファニーの声に、ジェシカはひやりとするものがあった。

一度否定してしまったが、同じような危惧をコナーも抱いているのなら軽視しないほうが良いのかもしれない。


(……グレイも心配してくれたのに、どうして私はいつも遅いんだろう)




エイデンは普通のお客さんと同じように、食事を終えるとジェシカに挨拶をして帰っていった。ほっとしたと同時に無意識に警戒してしまった自分が恥ずかしい。

そう考えていたのに、グレイの反応は違っていた。


「おい、何でさっさと上がらなかったんだよ。あれが例の魔術師なんだろう」


もう遅い時間なのに当然のようにジェシカの部屋に押しかけて、問い詰めるグレイにジェシカは笑って流そうとした。


「大丈夫だよ。エイデン様がうちに来たのは偶々だし、あと二週間で卒業だからもう会う機会もないもん」


だがグレイの表情は更に険しくなり、明らかに機嫌が悪い。そのことに気づいていながら深く考えなかったのはジェシカだ。


「それにエイデン様は食事をしただけだったじゃない。グレイは心配し過ぎなんだよ」

「……ジェシカ、それ本気で言ってるのか」


静かな口調だったが、呼び方が変わったことでようやくジェシカはグレイが本気で怒っていることを悟った。

グレイが本気で腹を立てるのは、ジェシカが危ないことをした時だけだ。


「……だって本当のことだもん」


客商売なのだから、明らかに迷惑行為を働いた人以外は来店を拒むことなど出来ない。仕方がないじゃないか、という気持ちがジェシカの中にあったのは確かだ。ジェシカのそんな不満をグレイは感じ取ったのだろう。


「偶然なわけがないだろう!お前だって本当はそう思っているんじゃないか?何もないような振りしたって問題はなくならないんだぞ!」


グレイの剣幕に怯みそうになったが、ここで引くわけにはいかない。これ以上グレイに迷惑を掛けたくないのだ。話を切り上げようと焦ったこともあり、ジェシカは言ってはいけない言葉を発していた。


「グレイには関係ないでしょ!もう、いい加減ほっといてよ!」


自分が何を言ったのか気づいて、ジェシカは凍り付いた。さんざん巻き込んで迷惑を掛けたのはジェシカなのだ。出来の悪い幼馴染のために尽力してくれた相手になんと酷い言葉を投げつけてしまったのだろうか。


「っ、グレイ」

「そうかよ」


一言そう告げるとグレイは静かに部屋から出て行ってしまった。傷ついたような眼差しにジェシカは声を掛けることもできずにただその場に立ちすくんでいた。




「ジェシカさんはエイデン様にどんな印象を持っているのかしら?」


昨晩の出来事を思い返していると、ステファニーから声を掛けられて言葉に詰まった。


(口数が少ないけど穏やかで優しい………ヤンデレ感のある方)


ヒロインじゃないからと何度も否定したのに、心のどこかにはいつも迷いがあった。グレイの言葉が正しいような気がしていたのに、迷惑を掛けないようにするためにはそれを認めることが出来なかったのだ。


(ううん、違うわ。迷惑を掛けないようにではなく、私はグレイに嫌われたくなかっただけ)


「エイデン様のことはよく存じ上げないので分かりません。ステファニー様、コナー様、今日はありがとうございました。申し訳ありませんが、やらないといけないことが出来たので失礼します」


返事を待つことなく、ジェシカは駆け出した。本当に自分は駄目だなと思いながらも、一秒でも早く伝えなくてはならない。


(だって、グレイは嫌なことはちゃんと嫌だっていうから)


頼っていた自覚は今でもある。だけどグレイがそれをどう感じていたのかは、グレイにしか分からない。

ジェシカは勝手に相手の気持ちを決めつけて知ろうとしなかったのだ。


甘えてばかりの自分を断ち切るためだと思っていたが、本当は嫌われるのが怖くて逃げていただけだと気づいた。


それなのに結局愛想を尽かされてしまったのだから、本末転倒にも程がある。だけど、心配してくれたことを知っているから、グレイにはちゃんと伝えておかなければと思う。


それがどんな結果になったとしても、今のジェシカにそれ以上大切なことはなかった。

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