第20話 ヒロインでないならただのモブ

「何でこんなに上手くいかないんだろう……」


コナーの言葉に苛立ってしまったのは、エイデンと二人きりでいることが良くないことだという自覚があったからだ。それなのに短時間だし、メーガンも承知の上だからと大丈夫だろうと考えてしまった。だが傍から見れば二人きりでお茶会を楽しんでいるようにしか見えなかっただろう。


(それを指摘されて逆切れするなんて最低……。コナー様に合わせる顔がない)


エイデンもコナーも良かれと思って親切にしてくれたのに、どうして自分は全て台無しにしてしまうのだろう。

最初の頃こそ上手くいっていたのはグレイの助言があったから。そう考えるとますます自分が情けなくてどうしようもなく駄目な人間に思えてくる。


「……そもそもヒロインじゃないなら私が好かれる要素なんて、何もないんだわ」


天真爛漫さこそがヒロインにとって欠かせない要素だったのだ。だが記憶を取り戻した今のジェシカにはそれがなく、平凡なただのモブでしかない。

好かれたいわけじゃないのだからこれで良いのかもしれないが、人の好意を無下にしたままで本当に良いのだろうか。


「……他人に迷惑を掛けるより、嫌われたほうがましだよね」


これ以上誰とも関わらなければ、余計な波風を立てることもないだろう。せっかくメーガンと親しくなれたが、エイデンのことを考えると距離を置いた方がよさそうだ。魔術書はメーガン経由で返してもらうことにしよう。


軽いノックの音に返事をするとグレイが入ってきて、母だと思っていたジェシカはぎょっとする。


「……何て顔してんだよ」


呆れたような眼差しはいつもと変わらないが、ジェシカは目を逸らしてしまった。グレイの表情に煩わしさを見つけてしまったらと思うと怖くなってしまったのだ。


「ジェス、どうした?」


そんなジェシカの反応を訝しく思ったのか、グレイが顔を覗き込んできてジェシカは息が止まりそうになる。


(相変わらず、顔が近い!)


動揺を見せないようにぐっと堪えながらヘーゼルの瞳を見返すが、グレイの表情は変わらない。手の掛かる妹としか見ていない証拠のようで、何故か息苦しさを覚えた。


「何でもないよ」

「何でもなくないだろう。何があった?」


あっさりと否定したグレイの声はいつもより優しくて、目頭が熱い。だが、いつだって味方でいてくれる年上の幼馴染をもう頼らないと決めたのだ。一人で何とかしなければ、いつかグレイにも愛想を尽かされてしまう。


「本当に、もう大丈夫だよ。実はね、前世の記憶ももしかして夢だったのかなって気がしてきたの。殿下たちにもちょっと珍しいから気に掛けてもらえただけなのに、自意識過剰で恥ずかしくなっちゃった」


声に出してみると本当に勘違いしていた自分が恥ずかしくて、顔が熱くなる。へらりと笑って誤魔化そうとするが、グレイが妙に真剣な目で見ているのに気づいて止めた。


「ジェス、俺はそうは思わない。確かに他の奴が前世の記憶とか言い出したら半信半疑だろうが、お前のことは信じてる。それにお前の直感は馬鹿にできないからな。自意識過剰だと感じてもお前が要注意だと思った魔術師様には気を付けろ」


「……でも、エイデン様は本当にそんな感じじゃなかったよ」


グレイの忠告を否定するように答えてしまったのは、コナーとのやり取りがあったからかもしれない。最初にエイデンのことを主観で伝えてしまったことの罪悪感も手伝って、そう告げればグレイがすっと目を細めた。


「魔術師様と何かあったな?」


これ以上グレイを関わらせてはいけないが、ジェシカではグレイに敵わない。問い詰められればきっと全部話してしまう。

挫けそうな自分を叱咤しながら、ジェシカはしっかりとグレイと目を合わせながら告げた。


「もう会うことはないから大丈夫だよ。コナー様にも妹扱いしないように伝えたし、全部終わったから心配しないで」


どうか踏み込まないでほしいと願いながら、ジェシカは意識的に口角を上げて笑顔を作る。


「……分かった。けど何か困ったことがあったらすぐに言えよ。いいな?」


どこか不満そうな表情で念押しするグレイにジェシカは笑みを浮かべたまま頷く。胸が締め付けられるような苦しさを感じながらも、ジェシカは気のせいだと自分に言い聞かせた。

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