第21話 大切な友達

翌日、お茶会の最中に逃げ出してしまったことを詫びるメーガンに、ジェシカはなるべく何気ない口調で切り出した。


「メーガン様、実は昨日のことで少し目立ってしまったようなんです。ですからほとぼりが冷めるまで一人でいたほうが不要な憶測を招かずに済むかと思うんですが……」


コナーがお茶会の場に駆け付けたのは、誰かの会話を耳にしたからだろう。ジョシュアほどではないにしろ、エイデンも将来有望な貴族令息である。今度はエイデンを狙っているのだと面白おかしく噂されていてもおかしくない。


メーガンにもジェシカの言いたいことが伝わったらしく、はっと目を瞠ると眉を下げて申し訳なさそうな表情を浮かべている。


「ごめんなさい……わたくしが席を外してしまったばかりにジェシカさんに迷惑をかけてしまいましたわ」

「メーガン様のせいではないので気になさらないでください。……私はメーガン様と仲良くなれて嬉しかったです」


しんみりとした雰囲気を払拭すべく、ジェシカが笑顔でそう告げるとメーガンはどこか切実な瞳でジェシカを見つめた。


「わたくしもジェシカさんのようだったら……」


メーガンの言葉の意味を理解しようと見つめ過ぎたのか、メーガンはジェシカを見ると先ほどまでの表情を微笑みで打ち消す。


「もしも困ったことがあったら、わたくしに教えてくれますか?これでも一応は侯爵令嬢ですから、抑止力にはなるかと思いますわ。ジェシカさんはわたくしの大切なお友達ですもの」


気に入られていると思っていたが、友人だと明言してくれるほどだと思っていなかったため胸の奥がじわりと温かくなる。疎遠になればこれまでのようにいかないだろうと考えていたジェシカにとってメーガンの気遣いはとても嬉しいものだった。


学びのためにと割り切っていたものの、やはり同年代の女性が多くいる中で親しく話せる友達がいないことを寂しく思っていたのだ。


「――ありがとうございます」


万感の思いを込めて礼を告げると、メーガンは花の咲くような愛らしい笑顔で頷いたのだった。



(だから罰が当たったのかしら……)


現在、ジェシカは三人の女子生徒に囲まれている。階段の踊り場という既視感を覚える状況は、二度目ということもあって考え事をする余裕さえあった。


「勘違いするのも大概にしたらどうなの?ジョシュア殿下やサミュエルさまに相手にされないからと言って今度はエイデン様だなんて、節操のないことね」


先ほどからジェシカに対する非難を繰り返しているが、アマンダの友人たちとは違いメーガンを慮るような言葉はない。


「あなた方はメーガン様のご友人なのですか?」


分を弁えないジェシカに文句を言いたい気持ちはは分からないでもないが、どこか暗い愉悦が浮かぶ表情が単に弱い者いじめを楽しんでいるように見えて、ジェシカはそんな質問を口にした。


「嫌だわ、あの方にはご友人などいないでしょう?社交が不得手なのに侯爵令嬢だから婚約者選びには不自由しなかったようだけど」


悪意のある笑い声にジェシカは眉を顰める。要するに彼女たちは憂さ晴らしのためジェシカを呼び出しただけなのだ。


「そのエイデン様にも相手にされていないのだから、惨めなものね」

「見た目も地味だし、中身もきっと退屈なのでしょう。だから侯爵令嬢より平民の小娘のほうが好ましく見えるのかもしれないわ」


いつの間にかジェシカからメーガンの悪口に変わっている。自分だけならともかくメーガンのことを悪く言われるのは不愉快だ。


「まあ、平民に婚約者を奪われるなんて、わたくしだったら恥ずかしくて外を歩けないわ」

「メーガン様は博識でとても優しい方です。憶測で人を貶める方がよほど恥ずかしいことだと思います」


きっぱりとした口調で告げれば、言い返されるなど思っていなかったのか、令嬢たちは一瞬ぽかんとした後に、眦を吊り上げてジェシカに詰め寄った。


「たかが平民が偉そうな口を利くわね」

「先ほどから何かにつけて平民と言いますけど、身分以外に誇れるものはないんですか?」


いい加減に聞き飽きたとばかりに嘆息すれば、令嬢の顔が悔しさに顔が真っ赤に染まる。ジェシカはこれでも成績上位者であり、希少属性の持ち主だ。顔立ちも客観的に見て悪くはないはずなので、一番あげつらいやすいのは出自なのだろう。もっともジェシカ自身はそれを気にしていないので効果的とは言い難い。


「ただ珍しいだけで殿下方に目を掛けて頂いているだけのくせに!身の程を弁えなさいよ!」


喧嘩を売った自覚はあったが、貴族の令嬢は喧嘩慣れしていないだろうと油断があったのは否めない。思いの外強い力で押されてよろめいたジェシカは、崩れた体勢を立て直そうと足に力を入れようとしたが、そこに床はなかった。


(――落ちる!!)


痛みを覚悟して強張らせたジェシカの背中に柔らかな感触を感じたと同時に、視界がくるりと回った。


「え………?」


何が起こったのかと目を瞬かせるジェシカの背後から、澄んだ声が聞こえた。


「立てるかしら?」

「あ、はい」


元の場所から一段下がった階段に足を付けていて、自分が背後から抱き留められていることで落ちずに済んだのだと分かった。足に力を入れて、お礼を言うために慎重に振り返ったジェシカは言葉を失ってしまった。

令嬢たちが驚愕の表情を浮かべている理由が良く分かる。


そこにいたのはふわふわと柔らかな銀髪の妖精姫、ステファニー・バーンズ伯爵令嬢だった。

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