第16話 お説教とリクエスト

「まあ、ジェスにしては上々じゃないか?」


グレイから返ってきた言葉が意外過ぎて、すぐに理解できなかった。


「え、だって失敗だよね?ヘザー様に婚約破棄したいなんて言わせちゃったし、サミュエル様は女心を欠片も理解しない朴念仁だし……」


二人きりで話したほうが良いだろうと頃合いを見て、その場を離れたものの後になってそれが最善だったのか分からず、グレイに話を聞いてもらったのだ。

二人の関係を修復するためなら、お小言も甘んじて受けようと思っていたのにグレイの反応は随分と異なるものだった。


「もともと貴族同士の婚約なんて政略目的なんだろう?想い合う関係ではなかったんだから、すぐにわだかまりがなくなるわけじゃないだろうよ。互いに本音を口にしたからと言って良い方向に作用するとは限らないが、秀才様のほうに婚約破棄するつもりがないのなら後は当人同士で何とかしてもらうしかない」


そう説明されて、確かにその通りなのかもしれないとジェシカは思った。

互いに想い合う関係になることがゴールのように考えてしまっていたが、貴族の婚約はそういうものではないのだ。記憶を取り戻した時に逆ハー状態だったからか、恋愛的な考え方をしてしまっていた自分を反省する。


(さすがにそこまで首を突っ込むのは野暮というものよね)


良い関係を築いてほしいが、ジェシカのすべきことはあくまで無自覚ヒロインポジションだった過去の自分の失敗について対処をすることだ。

それ以上深入りするのは余計なお世話というものだろう。


「それにお前、秀才様に腹を立ててあれこれ指図したんだろう?くくっ、プライドの高い貴族様ならめちゃくちゃ機嫌損ねそうだよな。お前の言う好感度も一気に下がったんじゃないか?」

「え、そうなの?どうしよう、私だけならいいけどお店にも迷惑かけちゃうかな……」


嫌な想像に青ざめるジェシカだったが、グレイはあっさり否定した。


「大勢の前で恥をかかされたとかじゃなければ、そこまで向こうも大事にしないはずだ。お前には話しかけにくくなる程度だろうから慌てなくていい。――それよりも」


グレイの口調が僅かに変わり、お説教モードに入るのを感じてジェシカは背筋を伸ばす。ちらりと表情を窺えば、真剣な顔つきで少しだけ不機嫌そうに見える。


「魔法の言葉、何で使わなかったんだよ」


その辺りはぼやかして伝えていたものの、グレイは誤魔化されなかったようだ。嘘を吐きたくなかったから省略したのに、あっさりと看破してくる幼馴染には一生敵う気がしない。


「だってグレイのせいみたいに思われたら嫌だったから。迷惑かけたくないもん」

「………使えって言ったのは俺からだろう。そんなこと気にして変に思われたらどうするんだ」


嘆息とともに告げられた言葉に胸がちくりと痛む。言われたこともきちんと出来ないのかと呆れられただろうか。


「学園ではお前一人で頑張ってるんだから、それぐらいのことで遠慮なんかするな」


優しい声に顔を上げると、頬っぺたをむにっと掴まれた。


「グレイ!!女の子だよ?!私一応女の子だからね!」


犬猫じゃないんだから頬っぺたをぐいっと引っ張らないでほしい。恐ろしいほどに不細工な顔を晒したはずだ。

愉快そうに声を立てて笑うグレイは先ほどまでの不機嫌さは消えていた。


「さて、残りは騎士様と魔術師様だが、どちらの婚約者のほうが接点を作りやすいか?」


グレイの問いにジェシカは首を捻る。


妖精姫ことステファニー・バーンズ伯爵令嬢は周囲からも大切に護られているため、正直なところ公爵令嬢であるアマンダよりも接触が難しい。一学年上ということもあり、先日アマンダを訪れる際に遭遇して以来姿を見かけていなかった。


なおコナーに関しては姿を見ても会釈だけですぐさまその場を離れているのが功を奏しているのか、今のところあちらから話しかけられてはいない。


エイデンの婚約者であるメーガン・ルイス侯爵令嬢は同じ学年ではあるもののクラスが違う。人見知りらしく、親しくしている友人も少ないことから彼女に関する情報はほとんどないのが現状だ。


「……メーガン様のほうがお近づきにはなりやすいかも?」

「一応順調だからあまり焦らなくていいぞ。気分転換に菓子でも作ったらどうだ?俺はナッツが入ったクッキーがいい」


それは自分が食べたいだけではないか、と思ったジェシカだったがリクエストされて嫌な気はしない。


「うん、じゃあ明日作ってくるから楽しみにしててね」


(ナッツ入りクッキーだけだと飽きちゃうよね。甘さ控えめのセサミクッキーとジンジャークッキーも一緒に作っちゃおうかな)


グレイに上手く乗せられた気がしなくもないが、やっぱりお菓子について考えているとわくわくした気分になれる。改めてお礼を言うのは気恥ずかしく、代わりに感謝の気持ちを伝えるために、その晩ジェシカはクッキーづくりに励んだのだった。

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