第17話 人見知り令嬢の意外な一面

翌日からジェシカは柱の陰に身を隠しながら、メーガンのいる教室を観察していた。


直接訪ねることが出来れば良いのだが、メーガンとは面識がなく、また彼女はコナーは同じクラスである。あまり姿を見せないほうが良いだろうと判断し、こっそりとメーガンの行動を把握することにしたのだ。


そんな不審な行動に周囲からの視線が痛かったが、幸いなことにメーガンの行動パターンは分かりやすかった。


(あ、いたわ)


ソファーに腰掛けて本を捲るメーガンを見つけたジェシカは、本を選ぶ振りをしながらメーガンの様子を窺う。物静かな文学少女といった雰囲気は図書館という空間にぴったりで、まるで一枚の絵画のようだ。


(メーガン様は大人しい方だけど侯爵令嬢なのだから、やっぱり私から話しかけては駄目なんだよね……)


会話の糸口に頭を悩ませながら少しずつ距離を縮めていると、視線を感じたのかおもむろにメーガンが顔を上げた。


「――ひっ!」


視線が合った途端に小さな悲鳴が聞こえて、その眼差しには怯えたような色が浮かぶ。


(え……何で私そんなに怖がられているの?!)


「あ、あの、もしかして私、そんなに怖い顔してますか?」


気づかないうちに緊張で顔が険しかったのかもしれない。そう思って訊ねれば、メーガンは首を横に小刻みに振った。


「いえ、ジェシカさんのせいではありませんわ。……少し驚いてしまっただけで。お恥ずかしいところをお見せしました」


名前を知っているのはやはりエイデンとの噂のせいだろうか。だが丁寧な言葉遣いといい、恥ずかしそうに頬を染める様子からは機嫌を損ねた気配はない。


不思議に思っているジェシカにメーガンは、柔らかな笑みを浮かべて告げた。


「あの、わたくしはお二人の邪魔をするつもりはありませんわ。エイデン様をどうかよろしくお願いします」


ぺこりと頭を下げられて、ジェシカはその場に固まってしまった。


「メ、メーガン様、お待ちください!それはどういう意味でしょうか?」


ジェシカの反応を気にすることもなく、話が済んだとばかりにその場を立ち去ろうとしたメーガンを慌てて呼び止めた。噂どころではなく、何やらお互いの認識に大幅はずれがあるような気がしてならない。


「そのままの意味ですわ?父の許可が下りませんのでわたくしから婚約解消をすることは難しいのですが、想い合うお二人を応援しておりますの。エイデン様の幸せはわたくしの幸せですから、どうかわたくしのことは気になさらないでくださいませ」


小首を傾げて不思議そうにしながらも、メーガンはおっとりとした口調で答えた。


「メーガン様、私はエイデン様とそのような関係ではありません。……あの、失礼ですが、メーガン様はエイデン様をお慕いしていないのでしょうか?」


メーガンの態度は婚約者と噂になるような女性に対する態度ものではない。エイデンの幸せを願っている口振りなのに、どうして他の女性との関係を推奨するようなことを口にするのか理解できなかった。


「まあ、わたくしごときがあの方にそんな感情を抱くなんて恐れ多いことですわ。わたくしはただあの方の姿を拝見できるだけで幸せですの」


うっとりとした表情で語るメーガンだが、それは恋とは違うのだろうか。


「……あ、もしかして推し的な?」

「推し、とは何ですの?」


思わず漏らした一言をメーガンはあどけない表情で聞き返してきた。前世の言葉を説明するのは躊躇われたが、誤魔化すための言葉も思いつかない。


「ええと、その人が存在しているだけで尊いと思えたり、他の人にも好きな気持ちを共有したい存在といいますか……」


しどろもどろなジェシカの説明に、メーガンは目を輝かせて頷いた。


「何て素敵な言葉なんでしょう!ええ、エイデン様はわたくしの推しですわ!」


無邪気に喜ぶメーガンに、ジェシカは呆気にとられながら見つめることしかできなかった。



「線が細く華奢なお姿が却ってあの方の美しさを際立たせておりまして、ジェシカさんにも見ていただきたかったですわ」


エイデンに出会った日のことをメーガンはうっとりとした表情で語っている。


エイデンを推し宣言したメーガンは、良ければお喋りに付き合って欲しいと控えめながらも圧の込められた瞳に押し切られる形で自習スペースに移動した。

奇しくも先日サミュエルたちと話し合いを行った席で、ジェシカはメーガンの話を聞いていた。


(メーガン様はエイデン様のことが大好きで仕方ないようなのに…)


それでも恋ではないのだときっぱりと否定し、それどころかジェシカに勧めてくるような節さえある。

推しであれば普及活動として一般的なのだろうが、婚約者を推しだと言い切るメーガンの言動は、どこか腑に落ちない。


「あの方の柔らかな笑みを見ることが出来た時は、幸せ過ぎて気を失ってしまうかと思いましたわ。全てはジェシカさんのおかげです。わたくしはとても感謝しておりますの」


「感謝されるようなことは何もしていませんよ。むしろ色々と分かっていなかったせいで多くの方々にご迷惑をかけてしまっていましたし、エイデン様も私があまりにも必死だったので魔法を教えてくれたのでしょう」


表情が動かないので分かりにくいが、冷たいわけではないのだ。初めて会った時もエイデンはずぶ濡れのジェシカを気にかけるような言葉を掛けてくれていた。


「以前エイデン様に教えを乞うた方は即座に断られていましたけど。ふふ、今はそういうことにしておきますわね」


意味ありげな視線を向けるメーガンはどうにもやりにくい。前途多難な予感にジェシカは内心頭を抱えたのだった。

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