第14話 秀才VS才女

「ジェシカ、話したいことがあります。放課後時間をもらえますか?」


そうサミュエルに話しかけられたこと自体は驚くことではなかったが、グレイの予測した通りの行動にジェシカは内心唖然としていた。

グレイには予知能力などの何か特殊な魔法が使えるのではないだろうか。


「……お話ですか?ご心配をおかけした件ならもう大丈夫ですよ」


サミュエルは弁が立ち、ジェシカが敵う相手ではないので二人きりで会うのは避けるようにと釘を刺されている。これ以上余計な反感を買わないためということもあり遠回しに断れば、サミュエルは僅かに眉を顰め小さく嘆息を漏らす。


「誰かに良からぬことを吹き込まれたようですね」


独り言のように呟く声は冷ややかで、ジェシカは咄嗟に返そうとした言葉を呑み込んだ。


(幼馴染に諭されたのだと言ったら、サミュエル様はグレイをどうするんだろう……)


明らかに不快感を覚えているようなサミュエルにグレイを引き合いに出しても大丈夫なものなのか。


グレイの家は雑貨屋を営んでおり、珍しい外国の品物や女性向けの小物などが人気で、平民だけでなく最近は貴族も訪れることがあるらしい。そのためグレイも貴族とは無関係ではないのだ。

自分の一言でグレイに迷惑をかけてしまったら、という懸念がよぎりジェシカはそのまま押し黙ってしまった。


「貴女は何も心配しなくて良いですよ。私のほうで対処しますから」


すべきことが明確になったのか、サミュエルはジェシカを安心させるように少し口調を和らげる。このまま誤解されたままでは現状よりも厄介なことになりかねない。

そう思いはするものの、ジェシカにはサミュエルを制止するための根拠も、説得するための言葉も持ち合わせていないのだ。


焦るジェシカの目に映ったのは、こちらを一瞥して教室を出て行こうとするヘザーの姿だった。


「あの、ヘザー様もご一緒なら大丈夫です!」


その声に振り返ったヘザーの顔にはどんな感情も窺うことができない。突然自分の名を呼ばれたのに驚いた様子もなく、無言でこちらを見ているだけだ。


「ヘザー嬢、放課後の話し合いに同席していただけますか?」

「ええ、構いませんわ」


それだけ告げると、ヘザーは何事もなかったかのように立ち去った。


(この判断は正しかったのかな……)


淡々としたやり取りのなかにどこかひやりとするような雰囲気を感じたジェシカは、言いようのない不安を覚えたのだった。



図書館の一角にある自習スペースで、ジェシカの正面にはサミュエル、椅子一つ空けた隣にはヘザーが座っている。何というか視線が落ち着かない配置だが、二人が気にしている様子もないので大人しくしておくしかない。


「アマンダ嬢と和解したと聞きましたが、それは事実でしょうか?」

「はい、私の言動が原因で皆様にはご迷惑をおかけしました」


口火を切ったサミュエルにジェシカは慎重に言葉を選ぶ。グレイの存在を隠しつつも、自分がしたことの自覚と反省を前面に出していくしかない。

元を正せばジェシカにも原因があるのだと納得してもらわなえければサミュエルは問題を追及していくだろう。


「貴族の常識を貴女が知らなくても責められることではありませんよ。それなのに立場の弱い人間へ低俗な嫌がらせをするなど許されることではありませんし、学園内の秩序を乱すことにも繋がります。そう思いませんか、ヘザー嬢?」


突然話をヘザーに振ったサミュエルに、ジェシカは理解が追い付かないままヘザーへと視線を向ける。

一方ヘザーは平然とした態度でサミュエルに返答した。


「同意いたしますわ。ただ秩序を守るためには一定の規則に従う必要があるのではないでしょうか?」


この時ジェシカには確かに戦いの鐘が鳴る音が聞こえた。

どちらも声を荒げることなく落ち着いた態度なのだが、張り詰めていく空気に早々にこの場から立ち去りたくなる。


「その考え方は異文化や未知の物に対して拒否反応を起こし受け入れを認めないのと同じようなものではありませんか?規則に従わないのなら排除されてもやむなしというのは野蛮で愚かな行為でしょう」


「いいえ、お互いに学び歩み寄る姿勢が必要なのだと申し上げただけですわ。一方の意見にだけ偏るのは危険ですし、公平性に欠けますもの」


話がずれているわけではないが、妙にスケールの大きな話になってきていることにジェシカは最早付いていくのが精一杯である。アマンダとジョシュアのようにはいかないのだと悟り、どうしたらこの二人の関係をこれ以上悪化させずに済むのだろう。


「では貴女はジェシカに対し、そのような姿勢を見せたことがありましたか?直接手を下さなくても傍観していたのであれば、貴女も彼らと同類ですよ」


サミュエルの言葉にこれまで平然としていたヘザーの態度が僅かに崩れた。

ヘザーの言葉は正論ではあるものの、平民であるジェシカに歩み寄るというのはなかなか難しいものがあるだろう。特にアマンダから敵視されてからは、ジェシカに対してそのような姿勢を見せればベイリー公爵家を敵に回すようなものだ。


勝利を確信したように口角を上げるサミュエルを見て、ジェシカは止めなければと思った。この場でヘザーを言い負かしたところで何の利もないどころかマイナスでしかない。


「サミュエル様、これ以上ヘザー様に意地悪なことを言ったら絶交ですからね!」


驚きに目を瞠るサミュエルは何か言いたげに口元をゆがめたものの、結局そのまま口を閉ざしたのだった。

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