第13話 込められたメッセージ
「グレイ!ねえ、これ食べて。すっっっごく美味しいから!」
包みに入ったクッキーを押し付けると、グレイは呆れたような顔をしながらも一つ摘み口に放り込む。
「……何か食った気がしないな。いつものがいい」
「えっ、嘘でしょ!舌がおかしいんじゃない?!」
一般庶民には手に入らない高級品を使った公爵家の料理人が作ったお菓子なのだ。口どけがよく噛み応えがないかもしれないが、もっと他に感想があるのではないか。
不満そうに口を尖らせたジェシカに、グレイはじっとりとした目を向けてくる。
「ジェス、そんなことより他に話すことがあるんじゃないか?」
「あ……ちゃんと話すつもりだったよ?でも、ほらグレイが疲れてるんじゃないかなと思って先にお菓子で癒されてもらおうかなって」
決して忘れていたわけではないが、思わぬ謝礼についそちらに気を取られていただけなのだ。
「結論から言うとアマンダ様とジョシュア殿下の関係は改善されたみたいだよ」
アマンダとのお茶会で二人をその場に残してきたものの、話し合いが出来たかどうか気になっていると、あの時いた公爵家の侍女がわざわざジェシカを訪ねてきて事の顛末を教えてくれたのだ。
「お二人とも最後には穏やかに談笑されていたそうだから、婚約破棄は回避できただろうって」
アマンダは少し素直でなくて、ジョシュアも寂しがり屋な一面がありながらもそれを見せないようにしていた。
どちらもきっと言葉が足りなかったのだろう。
「ふうん。で、このクッキーもその侍女がくれたんだな?」
ジェシカが感激しながら食べていたせいか、はたまた去り際に未練がましく見てしまったせいか、「お嬢様のお気持ちを代弁してくださったお礼に」と手渡してくれたのだ。
「わざわざ知らせてくれたことといい、今後は一切かかわるなという意味だろうな」
「え……?」
グレイ曰く、公爵家の侍女ともなればそれなりの身分か、優秀な人物のはずである。そんな侍女が平民であり発端となったジェシカの下に事の経緯を知らせるためだけに来るはずがない。
他に意図があったとするならば、結果が気になったジェシカがアマンダたちを訪れて再び拗らせることになるのを防ぐためではないか。
「そこまで考えるの……?貴族って心理戦が過ぎるんじゃない?え、待って?グレイは何でそんなこと分かるの、怖っ」
そういえば最後に「幼馴染の方にもよろしくお伝えください」と言われていた。それはクッキーに込められたメッセージをグレイに伝えるためだったのではないか。
権謀術数が渦巻く貴族社会での駆け引きなどジェシカには絶対に無理だが、グレイなら太刀打ちできるんじゃないかと思う。
「まあ釘を差されたということは、あとはあっちの問題だろう」
「グレイのおかげだね、ありがとう」
本心からお礼を告げたのに、グレイに何故か額をデコピンされた。
「まだあと三人いるんだろうが。一人目が上手くいったからって気を抜くんじゃねえよ」
確かにその通りなのだが、地味に痛いので止めてほしい。
「次はやっぱりサミュエル様?でもエイデン様もあと少しで卒業しちゃうし……あ、でも接点がなくなるから逆に大丈夫なのかな?」
「その魔術師様が一番厄介なんだろうが……。ヤンデレ?とかいう性格ならさっさと縁を切らないと一生逃げられなくなるぞ」
(そういえばそうだった……)
物静かでいつも一歩引いているようなところがあるから、つい忘れてしまうけどヤンデレ属性は執着が半端ないのだ。エイデンがそうだと決まったわけではないが、用心するに越したことはないだろう。
「とはいえ秀才様に策を講じられると面倒だ。そっちの婚約者様も才女と呼ばれているんだったか?」
ヘザー・ラッセル子爵令嬢はアマンダ様とは別のタイプのクールビューティーだ。同じ教室だが、会話をしたことはなく避けられている節さえある。
「魔術師様には極力関わらないようにして、とりあえず秀才様からだな。ああ、騎士様も無視でいいぞ」
滔々とサミュエルへの対策を語るグレイは、自分よりもよほど転生者らしいなと思うジェシカであった。
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