第11話 公爵令嬢の矜持と本心

アマンダの友人経由で頼んだことが功を奏したのか、翌日ジェシカはアマンダからお茶会の招待状を受け取った。

複雑そうな表情の同級生から人目を忍ぶように渡されたおかげで、同じクラスのサミュエルには気づかれていないようで、ほっと息を吐く。


プロム以来、ジェシカが距離を置いていることに気づいているのかいないのか、特に会話を交わすことなく今に至っている。いじめに関わった生徒たちを処罰するために動いていると話していたためサミュエルの動向も気にはなっているが、同時に対応できる自信はない。

まずはアマンダとジョシュアを何とかするのが先決だった。


指定された場所はお茶会の定番ともいわれるイーストガーデンだ。季節の花々がどの場所からでも鑑賞できるように整備されており、芳しい花の香りがテーブルまでに届いている。


侍女が紅茶を注いでいる間、ジェシカは重苦しい雰囲気と居心地の悪さでそわそわと落ち着かない気分を味わっていた。

一方のアマンダは感情が窺えない表情で、視線や身振りだけで必要なことを侍女に指示している。尊大というよりも、どこか優雅な所作に思わず見惚れてしまうほどだ。


侍女が離れると、アマンダはようやく顔を正面に向けて琥珀色の瞳でジェシカを見つめた。こうして向き合うのは初めてではないのに、気圧されるような迫力にジェシカは息を呑む。


(ああ、この方は王族に相応しい方なんだ……)


生まれ育った環境だけでなく、教育を受け努力を重ねなければ決して身に付くことのない所作や雰囲気に、ジェシカは改めてそんな感想を抱いた。


「このたびは私の軽率な振る舞いでアマンダ様にご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございませんでした」


背筋を伸ばして告げたジェシカは、机に額をこすりつけるように深々と頭を下げた。

アマンダは無言だったが、その視線が自分に向けられているのを感じる。だが反応がないことに再度謝罪の言葉を告げるべきか迷うジェシカに、ようやくアマンダから声が掛かった。


「頭を上げなさい。こんなところを殿下がご覧になれば、咎められるのはわたくしなのよ」


顔を上げればアマンダは既にジェシカから視線を外して、紅茶に口を付けているところだった。


「貴女の謝罪など何の意味があるのかしら。今回の件は陛下とお父様に委ねられ、わたくしにももう出来ることなんてないのに」


独り言のように呟くアマンダの声は淡々としていたが、僅かに顰められた眉はどこか悲しそうに見えた。


「……申し訳ございません」


許してもらえなくても仕方がない。だが無意味だと言われてもジェシカには謝ることしか出来ないのだ。


「これまでわたくしの忠告を無視しておいて、今更しおらしい態度を取られても不快なだけだわ。……ジョシュア殿下のことは遊びだったとでも言うの?」


僅かに揺れた声でその質問がアマンダにとって苦痛を伴うものであることが分かってしまった。公爵令嬢の矜持だけでなく、そこにはジョシュアへの想いも含まれているのではないだろうか。政略で幼い頃に結ばれた婚約とはいえ、これまで共に過ごした時間と関係が失われていくのはどれだけ心を削られることだっただろう。


アマンダの気持ちを思うと目頭が熱くなったが、それをぶち壊した自分が泣く資格などない。


「ジョシュア殿下に友人以上の想いは抱いておりません。アマンダ様に何度もご指摘いただいたのに私がそれを理解できず、幼馴染に指摘されてようやく気付くことができました」


最初からアマンダの忠告の意味をしっかりと考えていれば、分からないままで放置しなければこんなことにはならなかったのだ。


「もういいわ。貴女がどう思うと殿下の御心は……」


途切れた言葉と切なさが滲む表情をジェシカはただ見つめることしかできない。自信に満ちた表情も妥協を許さない姿勢もジョシュアの婚約者であるために必要なものだったのだろう。


「これ以上貴女と話すことなどないわ。下がりなさい」


アマンダの言うことは正しい。ジェシカに出来ることはこれ以上アマンダを悲しませないためにもこの場を離れることだけだ。


(でも……それでいいの?)


そんな自分の迷いに応えるように場違いな声が響く。


「ジェシー!」


振り返る直前に、アマンダの肩が小さく震えた気がした。


「ジェシー、大丈夫だったかい?」


無遠慮にお茶会の場に割り込んだジョシュアはジェシカに気遣わしげな表情を向けたあと、冷ややかな口調でアマンダに言った。


「アマンダ、わざわざジェシーを呼び出して何の用だ」

「話があるとのことでしたので、場を設けてあげただけですわ。殿下、断りもなくお茶会に足を踏み入れるのはあまりにも不作法ではないでしょうか?」


冷静でそつのない対応なのにジェシカはアマンダが泣いているように感じた。貴族社会において隙を見せることはつけ込まれる要因になりかねない。


そんな環境とは無縁に育ったジェシカは理解できなかったが、そういうものだと思えばアマンダの態度は理解できるものだった。

きっとこれがアマンダの武器であり矜持なのだろう。


「これまでジェシーに嫌がらせを繰り返してきた君を信用できない。何か企んでいると思うのは当然のことだろう。ジェシー、出された物に手を付けていないかい?」


ジェシカが答えるより先に、アマンダがぐっと唇を引き結ぶのが見えて質問の意味を理解した。毒を盛ったのではないかと疑っているのだ。

自分の前に置かれたカップを取ると、ジェシカはごくごくと飲み干した。


「ジェシー、何を――!」

「アマンダ様、とても美味しい紅茶ですね。こちらのクッキーもいただいてよろしいですか?」

「――っ、ええ、もちろんよ」


にっこりとアマンダに微笑みながら尋ねれば、一瞬遅れて反応した。止められないうちにと素早くクッキーを取って口に運ぶと、バターの香りと上品な甘さが口の中に広がる。


(美味しい!ってそれどころじゃないけど、甘い物はやっぱり癒される)


あっという間に舌の上で溶けてついもう一枚と手を伸ばしそうになるのを理性で抑えた。

普段からこんなお菓子を食べているのに、ジョシュアはよくジェシカのお菓子を喜んでいたものだと思う。


「ジェシー……その、大丈夫かい?」


不安と困惑が入り混じったような声のジョシュアに、ふとジェシカは思い出す。ジェシカが手作りのお菓子をアマンダから取り上げられて捨てられそうになったことがあったのだ。


「とっても美味しいですよ?ジョシュア殿下こそ私のお菓子を食べて大丈夫でしたか?あまり上質な油など使っていないので、お腹を壊したりしませんでした?アマンダ様がご心配されていたのも納得です」


『こんなものを殿下に食べさせようとするなんて!』


あの時はそんな風に言われて悲しかったが、今ならジェシカも全面同意である。食べ慣れないもので体調を崩すこともあるし、王族なのだからどこで作ったか分からないものなど口にすべきではない。


「アマンダが私を心配……」

「――っ、王族である殿下を心配するのは臣下として当然ですわ!」


扇子を広げて口元を隠しながらも、毅然とした口調で告げるアマンダを見て、ジェシカは確信した。


(アマンダ様はツンデレタイプなのね!)


そう考えたジェシカの行動は早かった。


「アマンダ様は殿下のことをとても大切に想っていらっしゃるのですね。距離感の近さを叱責されたのは殿下の身の安全を考えてのことでしょうし、気安く話しかけることを注意されたのも殿下の評判を気にしてのことですし、それに――」

「もう止めて頂戴!わたくしは……わたくしはただ……」


制止する声にはいつもの力強さはなく、顔を真っ赤に染め涙目で睨むアマンダはとても可愛らしい女の子で、そんなアマンダをジョシュアは呆然とした表情で見つめていたのだった。

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