第10話 謝罪までの道のりは遠い
「さあ、頑張らなくっちゃ!」
自分に気合いを入れてジェシカは早朝から学園へ向かった。両親には昨晩心配を掛けてしまったので、しっかり朝食を摂り笑顔で家を出る。
(まずはアマンダ様にお会いすること)
最優先すべきは最も影響力の高い王子である。何よりも婚約破棄を思い止まらせなければならない。
グレイからの指示はとにかく婚約者であるアマンダに謝罪すること、そして可能であれば彼女と仲良くなることだった。
「とりあえず公爵令嬢には誠意を見せるっていう意味でも、謝罪を受け取ってもらえるまで押しかけろ」
「謝罪はしたいけど、身分の高い方にはこっちから話しかけちゃ駄目なんだよ」
何度も注意されたのだが、つい話しかけてしまって眉を顰められることが多かった。ジョシュアたちは気にしないどころか、それを歓迎していたような節がある。
友人だから、学園内だから構わないと言われて真に受けたジェシカだが、だからと言って身分差がなくなるわけではない。周囲から白い目で見られるのは当然だった。
「手紙でも伝言でもいいから、相手が反応してくれるまでやり続ければいい。王子から止められても無視して謝罪の意思を示せ」
「うん……やってみる。でも急にそんな態度を取ったら変に思われない?」
友人から諫められれば以前のジェシカは素直に言うことを聞いただろう。無邪気というより思慮に欠ける言動で、過去の自分を思うと頭を壁に打ち付けたくなる。
グレイには話してしまったが、前世の記憶があることを吹聴するつもりはない。そもそも前世の乙女ゲームに似ているからという理由は、ジェシカ自身は納得出来ても他人からしたら空想と現実の区別がついていないのでは、と頭がおかしい人認定されそうだ。
あっさりと受け入れたグレイは幼馴染だからなのか、もしくはよほどの変わり者なのかのどちらかだろう。
「おい、何か失礼なこと考えてるだろう」
じっとりとした目で睨まれて、ジェシカは慌てて首を横に振る。一緒に対応策を考えてくれる大事な協力者の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「……まあいい。ジェス、魔法の言葉を教えてやるよ。誰かに聞かれたらこう答えておけばお前の言動が多少変わっても不審に思われないだろう」
そうしてグレイが告げた一言に、ジェシカは納得しながらも何となく悔しい気持ちになりながらもお礼を告げたのだった。
無人の教室でジェシカは用意していた手紙をアマンダの机に忍ばせる。直接会えれば良いのだが、一学年上の教室にジェシカがいるのは不自然だし、何よりアマンダとジョシュアは同じ教室なのだ。アマンダよりも先にジョシュアが来てしまえば、自分に会うために待っていたのだと誤解されかねない。
とはいえ会えないことには機会が回ってこないため、昼休みに一度訪ねてみようと決めたのだが、そう簡単にはいかないのだとすぐにジェシカは思い知ることになった。
「ここから先は二学年の教室なのだけど、何の用かしら?」
冷やかに告げるのはいつもアマンダと行動することの多い令嬢で、現在ジェシカは踊り場の一角で三人の令嬢に取り囲まれていた。
「まさか恥知らずにも殿下に会いにいらっしゃったのでは?」
「本当に性根の卑しい平民だこと。アマンダ様に対して何も思わないのかしらね」
アマンダを慮っての行動なのだと思えるし、貴族令嬢同士でも意外としっかりとした友情があるのだなと感心するが、如何せん場所が悪い。
(ヒロインって階段で突き飛ばされがちなのよね……)
誰かが助けに来てくれる可能性は高いものの、階段から落ちるのは痛いし嫌だ。それに彼女たちの行動がきっかけで余計にアマンダの立場を悪くしてしまうのは避けたいところである。
「あの、アマンダ様にお会いしたいのですが……」
折角話しかけられたのだからとアマンダに繋いでもらおうと頼みかけたが、一斉に睨まれて思わず途中で言葉が萎む。目立つのが苦手な小心者なのだから、もう少しお手柔らかに願いたい。
「信じられないわ!傷心のアマンダ様にこれ以上何をしようと言うの?!」
「そんなこと言って本当は殿下の気を惹こうとしているだけでしょう!」
眦をつり上げて詰め寄る令嬢たちにジェシカは本能的に身を竦める。この状況は良くないし、傍から見れば一方的に虐めているようにしか見えないのだ。
「あ、あの――」
「おい、何をしているんだ!」
咎めるような声に令嬢たちが一斉に振り返ると、階段の下からコナーが駆け上がってくるのが見えた。
「一人の相手によってたかって責め立てるなんて、恥ずかしいと振る舞いだと思わないのか?」
年齢は下でも家格で言えばベネット侯爵家のコナーのほうが立場は上なのだろう。悔しそうに唇を噛みしめて黙る令嬢たちに対して、ジェシカは何とか場を取りなそうとコナーに話しかける。
「コナー様、少し見解の相違があっただけですので問題ありません。すみませんが、女性同士のお話があるので、席を外していただけませんか?」
予想外の言葉にコナーは目を丸くし、令嬢たちにも怪訝な視線を向けられたが構ってなどいられない。
(アマンダ様に会って謝罪すること、今考えるのはこれだけだから)
グレイに言われたことを実行するためにも、アマンダの友人から距離を取られては困るのだ。
「本当に困った時は言うんだぞ」
いつものように頭を撫でられたとき、ふと視界の端に何かが揺れた。
「あ……」
階上のコナーの婚約者であるステファニー・バーンズ伯爵令嬢と目があった。だがそれも一瞬のことで口元を手で覆い、身を翻したステファニーの姿にジェシカは我に返った。
「――コナー様、ステファニー様を追いかけてください!絶対に誤解されました」
焦るジェシカとは対照的にコナーは首を傾げて言った。
「ステファニーにはジェシカが妹のような存在だとは伝えているし、別に誤解なんて――」
「伝えたから良いという訳ではありません!妹のような存在でも本当の妹ではないんですよ?!無自覚だろうと女の子を傷付けるような男はクズだと幼馴染が言っていました!ほら、早くステファニー様のところに行ってください!」
呑気なことを言うコナーにジェシカは腹が立ってまくし立ててしまった。感情に任せて侯爵令息をクズ扱いしてしまったが、大丈夫だろうか。
ひやりとしたが、コナーは呆然とした表情のまま頷いてステファニーが去った方向へ向かった。
(やってしまったものは仕方がない。魔法の言葉も言えたし、このまま押し通そう)
『幼馴染から言われました』
いつもと違う言動の時にはそう言うようにとグレイから告げられた魔法の言葉。確かにこれまでもグレイが言っていたからと言えば、周囲が納得していたことは謎なのだが。
無意識だったものの、ジェシカの判断基準にはグレイの言いつけが割と影響しているのかもしれない。
「……失礼しました。あのアマンダ様に謝りたいので取次ぎをお願いできないでしょうか?」
未だに固まっている令嬢たちに、ジェシカはいつもの笑顔でそう話しかけたのだった。
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