第9話 世話焼きな幼馴染

自室に戻りそのままベッドに倒れ込みたい衝動を堪えて、ジェシカは慎重にドレスを脱ぐ。経済的な理由などでドレスを購入できない生徒のために学園が用意してくれた借り物なのだ。

ジョシュアやエイデンからドレスを贈らせて欲しいとの申し出があったが、流石に高価なものを買ってもらうのは友人の範疇を超えていると考えて断っていた。


(でも……これもきっと殿下たちが用意したのよね……)


今年は寄付が多かったからと告げた教師の目はどこか遠くに向けられていたように思う。

ジェシカが着ていたドレスもそうだが、他にあったドレスも新品同様のものばかりで、あまりこのような衣裳に縁のないジェシカから見ても、質といいデザインといい素晴らしいものばかりだった。


(いや、重くない?ただの友人にそんなにお金使うことないよね?婚約者がいて他の女に貢ぐなんて、もう浮気と言っても過言じゃないでしょ!)


着替えが終わり、ジェシカは迷わずベッドに飛び込んだ。直接的に想いを告げられたことはなかったが、これまでの彼らの言動を振り返れば周囲から白い目で見られるのも当然である。もっともジェシカだけが責められるのは納得がいかないのだが。


「好感度ってどうやったら下がるんだろう……」


関わらなければ良いのだろうが、あの様子では向こうから勝手にやってくるだろう。素っ気ない態度を取り続ければ流石に嫌われるかもしれないものの、高位貴族相手にそんな対応をしてただで済むのだろうか。


特にジョシュアは王族のため不敬罪に問われるかもしれない。

頭の中で考えては却下を繰り返し、良案が浮かばない。


「……もう、どうしたらいいのよ!」


自業自得なのだが、腹立ちまぎれにぽすぽすと枕を叩く。


「おい、入るぞ」


ジェシカが返事をするよりも先にドアが開き、グレイは当然のように部屋に入ってくるのを見て、思わず顔を顰めた。


「何だよ、不細工な顔して。わざわざ持ってきてやったんだから、とりあえず食え」

「……勝手に入ってこないでよ」


母特製のクリームシチューの香りに空腹を覚えて、文句を言いながらもトレイを受け取る。

文句を言えば倍になって返ってくることは分かっていたが、ただでさえ今日は大変な一日だったのだ。兄妹のように育った幼馴染といえども、年頃の女性に対しての気遣いぐらいいい加減覚えて欲しい。


「朝からはしゃいで出かけていったのに、帰ってくるなり部屋に閉じこもっている親不孝娘がよく文句なんて言えたな。おまけに馬車で帰ってくるなんて、何かあったんじゃないかとおばさんもおじさんも心配してたぞ」


グレイの言葉にジェシカは押し黙るしかなかった。忙しくて手が離せないのにジェシカのために食事を用意し、手伝いに来ていたグレイに様子を見て欲しいと頼んだ両親の心境を思えば、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「……心配かけてごめんなさい」

「あとでちゃんとおばさんたちには言うんだぞ。冷めないうちに食べろ」


三歳しか変わらないのにグレイはいつだって大人びている。兄というには世話焼きで、まるでもう一人母親がいるかのようだ。


「で、何があったんだ?」

「……別に何でもないよ」


いつもならすぐにグレイに相談しているところだったが、自分のしたことを考えると恥ずかしくて、咄嗟に否定してしまった。


「反抗期か?お兄ちゃんに隠し事なんて百年早いわ」


挑発的な目つきでぐっと顔を近づけるグレイに、ジェシカは思わず息を呑む。兄弟のような間柄とはいえ、距離が近すぎる。じっとこちらを見つめる瞳や長い睫毛がはっきりと見えて、気恥ずかしさに顔が熱を帯びていく。


「……お前、なんかいつもと違うな」


静かな指摘に思わず身体を強張らせてしまったのは不可効力だろう。そんなジェシカの様子に、ヘーゼル色の瞳がまるで獲物を見つけた肉食獣のようにきらりと光った気がした。


「何年お前の世話を焼いてきたと思ってるんだ。ほら、さっさと吐け」


容赦なく追及するグレイに、ジェシカは洗いざらい白状する羽目になったのだった。




「まったく……お前らしいやらかしだな」


全てを打ち明けたあとにグレイが漏らしたのは、そんな感想だった。


「え、そっち?!」


前世の記憶について何かしらの反応があると思っていたジェシカは驚きながらも肩透かしを食らったような気分だ。


「ん?ああ前世云々のことか。まあそこは信じるしかないというか、ジェスにそんな想像力はないからな。それに良くも悪くも今まで周囲の好意や悪意に鈍感だったのに、急に分かるようになるとか相応の理由がないと逆に変だろう」


貶されているようだが、自分の話を信じてくれたことにジェシカは胸を撫で下ろす。昔から冷静で頭の回転の速い幼馴染は、思考も柔軟らしい。


「で、お前の言う好感度の高い貴族様たちを何とかしたいということだが、本当にいいのか?貴族に嫁げば贅沢な暮らしだって出来るのに」


「別にお金持ちになりたいわけじゃないもん。結婚するなら一緒にいて楽しくて同じ感覚の人がいいよ」


ジェシカの言葉にグレイは呆れたようにため息を吐く。結婚できるわけがないとでも言いたいのだろうか。


「じゃあ作戦会議だ。ギリギリとはいえ婚約破棄を宣言されなくて助かったな。ジェス、逆ハー回避させてやるから明日から俺の言うとおりに行動しろよ」


自信満々に告げるグレイの言葉にジェシカは時折呻き声を上げつつ、頷くのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る