第8話 回想~エイデン~
三年間学園で過ごしてきたが、プロムに参加するのは初めてだった。卒業の一ヶ月前にダンスや軽食を取りながら最後の親交を深めるために催されるので、エイデンには無縁のものだったのだ。
もっともプロムだけではなく、大勢の人が参加する催しには欠席するようにしていた。
魔力制御は完璧だと魔術師団長からお墨付きを得てからも、どうしてもそのような場所には忌避感というか罪悪感のようなものを覚えてしまう。
息苦しさに耐えながらも会場の奥で佇んでいると、ジョシュア殿下にエスコートされながらジェシカが入ってくるのが見えた。
会場内の様子にジェシカは瞳を輝かせ、聞こえないはずの感嘆の声まで届いてくるようで、エイデンは心が満たされていくのを感じる。
(彼女が笑っていられるなら、それでいい)
ジェシカはエイデンにとって天使のような存在だ。純粋無垢な彼女に自分は相応しくないが、遠くからでもその笑顔を見られれば、彼女の幸せそうな声を聞くことができれば救われる。
くすくすと嫌な笑いを立てながら令嬢たちが階段を下りてくる。自分に向けられたものではないと分かっているものの、不快に感じたエイデンは裏庭へと向かう足を速めた。
中庭と違い建物の陰になっているせいであまり日が差さないため、滅多に人が来ない場所だ。
授業中は我慢できるものの、休憩時間や昼食の時間などはなるべく人がいる場所にいたくはない。教室にいてもほぼ話しかけられることはないが、時折意味ありげに向けられる視線や囁き声には辟易してしまう。
(仕方のないことだと分かっているが、気持ちの良い物ではないな)
子供の頃、魔術暴走を起こした時のことはよく覚えている。両親の必死な叫び声や使用人の悲鳴、そして化け物だと恐怖に震える声も燃え盛る炎の音に紛れてくれなかった。
自分の力に怯えてますます制御不能になったエイデンは、屋敷を半焼させてしまった。駆け付けた魔術師団員の力がなければ、死者さえ出していたかもしれない。
両親から嫌悪されることはなかったものの、腫れ物に触れるような態度を取るようになり、使用人たちからは怯えられるようになった。
火属性だけならまだしもエイデンは闇属性の魔力を持ち合わせていたからだ。希少ではあるが、光属性とは違い闇属性は敬遠される。過去に闇属性を持った人物が罪を犯す可能性が高いと言われているからだ。
根拠のない迷信だと魔術制御の手ほどきを施してくれた魔術師団長からは断言されたが、人の目が気になりエイデンは徐々に社交性を失い、一人でいることを好むようになった。
不快感から歩みを速めていたせいで、曲がり角から飛び出してきた生徒に反応するのが遅れ、胸辺りに軽い衝撃とひやりとした感触を受けた。
「――びっくりした!わっ、ごめんなさい!」
ぶつかって後ろによろめいた令嬢は、目を丸くした後、慌てた様子でポケットからハンカチを取り出した。
「制服を汚してしまってごめんなさい!拭くからちょっと動かないでくださいね」
そう言ってエイデンの胸元にハンカチを伸ばした令嬢から一歩離れれば、きょとんとした表情を浮かべている。
「……ハンカチが必要なのは君のほうだろう」
頭から足先までぐっしょりと濡れ、髪からは時折水が滴っている。まるで水浴びでもしたかのような令嬢に訝しげな視線を送るが、エイデンの言葉に令嬢は緩んだ笑みで答えた。
「もうここまで濡れちゃったらハンカチじゃ無理ですもん。保健室でタオル借りるんで大丈夫です」
「……なら俺に構わずさっさと行け」
何故そんな状況になったのかと疑問に思うが、関わり合いになりたくない。そう思って告げた言葉に令嬢は何故か満面の笑みを浮かべた。
「心配してくださってありがとうございます」
小さく会釈をして去っていた令嬢をエイデンは僅かな驚きとともに見送った。愛想もなく冷たく告げたはずなのに、どうしてあんな風に解釈できるのだろうか。
この時既にジェシカに興味を抱いていたのかもしれない。
「あ、この前の優しい人……制服大丈夫でしたか?」
演習場の一角から先日の令嬢が顔を出すと、こちらに向かって駆け寄ってくる。思わず一歩下がると彼女も足を止めるが、にこにことした表情は変わらない。
「…………」
無視しても良いがいつも使っている演習場所に行くには、彼女の横を通り抜けなくてはならない。
(何故こんなに笑顔なんだ……?俺に媚びを売っているのか?)
伯爵家の嫡男であるものの、魔力暴走の一件からエイデンに近づこうとする令嬢は皆無だ。家同士の話し合いによって決められた婚約者は今年入学してきたが、エイデンに会いに来たことはない。
「体調不良だったり、怪我してるとかないですか?実践しないと上手くならないらしいんですけど、練習相手がいなくて」
(しかも光属性か……!)
闇属性とは違い重宝され、羨望を集める属性である。のほほんとした様子から苦労をしたこともない令嬢だろう。それがエイデンの劣等感を刺激した。
「俺には関係ない」
冷やかに告げれば流石に何か察したようで、眉を下げる姿がエイデンの苛立ちを刺激する。
「うわ、最悪。闇属性がいるぜ」
潜めた声量だったが、静かな演習場にその声はエイデンにも届いた。
「え、もしかして闇属性なんですか!?」
怖がられると思ったのは一瞬のことで、彼女はがしっと音が聞こえそうなほど強く、エイデンの腕をつかんでいた。
「私、一年生のジェシカと言います。先輩ですよね?私に魔術を教えてください!お願いします!!」
予想外の反応と押しの強さに思わず頷いてしまったが、その時の自分の行動を褒めてやりたいと何度思ったことだろう。
元々希少な属性なのだから教えられる人間が少ないのは当然のことだ。とはいえ、学園に通っている以上適切な教師を用意する義務があるのだが、平民で魔力量の少ないジェシカは後回しにされたようだ。同じ希少属性ならば練習方法は似ているはずだと考えたのも頷ける。
押し切られるように引き受けたものの、すぐに離れるだろうと思っていたのにジェシカの態度は変わらない。当たり前のように笑顔を見せ、楽しそうに話しかけてくるジェシカがエイデンにとってかけがえのない存在になるまでにそう時間はかからなかった。
(ジェシカが望むことなら、何だって叶えてあげたい)
思い悩むジェシカを見ながら、エイデンはそのために必要な算段を立て始めた。
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