第7話 分かり合うことは難しい

(コナー様はああやって元気づけてくれたけど……)


自分のせいで色んな人の将来を狂わせてしまうのは恐ろしい。そもそも平民の自分が学園に通うこと自体が間違っていたような気がしてきた。


変えられないことを嘆くのは逃避でしかないが、ままならい現実についそちらの方に思考が傾いてしまう。

玄関を出て前方に見覚えのある姿を捉えた途端、ジェシカの眉が下がってしまったのはそのせいでもあった。


「ジェシカ嬢、馬車を用意した。……送らせてほしい」


淡々とした口調に能面のような無表情だが、その瞳は不安の色が見え隠れしている。


(断りたいけど、エイデン様はちょっと要注意なのよね……)


エイデン・クラーク伯爵令息は繊細なところがあり、何かの拍子にヤンデレ化してしまいそうな雰囲気があるのだ。今はまだそこまで重い執着を抱かれていないようだが、慎重を期したほうがよい相手だった。


「……ありがとうございます。それではお言葉に甘えてお願いします」


ジェシカの言葉に僅かに口の端を上げたエイデンは自ら馬車の扉を開けて、どこか恭しい所作でジェシカをエスコートした。

ふうと息を吐いたのも束の間、馬車内にエイデンが乗り込んできたのは予想外でジェシカは目を丸くする。


だがすぐに室内が暖かくなり、エイデンが魔法を使ったこと、そのために同乗したことに気づく。

至れり尽くせりな扱いにジェシカはひやりとする。


(以前なら優しい先輩としか思わなかったけど、改めて考えると過保護というか、やっぱりヤンデレ感がある方だわ……)


幼少の頃に魔力暴走で人を傷付けてしまったことで、エイデンは今も他人と関わることを好まず、常に一線を引いていた。そんな壁を無自覚にぶち壊したのがジェシカである。

どこまでもヒロインらしい己の言動を、これほどまでに後悔する日が来るとは思わなかった。


(まあ無自覚なんですけど、それがヒロインというものなんですけど!くっ、過去の私め!)


「ジェシカ嬢……」


呟くような小さな声にジェシカが顔を向ければ、エイデンは無言でじっとジェシカの顔を見つめている。これは何か言いたいことがあるが、迷っている時の態度だ。

急かすことなく、ジェシカはそのままエイデンの言葉を待つ。


「……俺は何があってもジェシカ嬢の味方だ。殿下の行動はジェシカ嬢にとって好ましくないものだったのだろうか?」


珍しく長々とした台詞を口にしたこともそうだが、その質問にジェシカは虚を突かれた。

ジェシカの気持ちを汲んでくれたのはエイデンが初めてだ。


「殿下が私のことを慮ってくれたのは分かっていますが、少々やり過ぎではないかと思うんです」


そう告げれば、エイデンは思案するかのように僅かに目を眇めた。


「それがジェシカ嬢の負担になっているのなら、ジョシュア殿下には進言しておこう」


エイデンにとってあくまで判断基準はジェシカがどう思うかが重要らしい。エイデンは学生の身でありながら既に王宮魔術師としても働いている。社会人経験のある大人からの意見なら再考してくれるかもしれない。

サミュエルが諫めてくれない今、エイデンに大きく期待したいところだ。


「エイデン様は今回の件をどう思われますか?」


ジェシカが嫌がるからという理由だけではジョシュアを説得するのは難しい。エイデンの意見を聞いてみたくなったジェシカはそんな質問すると、エイデンはあっさりと答えた。


「違う人間なのだから、齟齬が生じるのは仕方ない」


齟齬というのは意見や考え方のことを指しているのだろう。他人と分かり合えるはずがないという前提の答えにジェシカは納得しつつも、複雑な気分になる。


それは人間関係全般に言えることだ。そうやってエイデンは自分が傷つかないように言い聞かせていたのではないかと思うと、何だか切ない。


「……エイデン様」


何も考えずに思ったことを口にしようとしたジェシカは、はっと気づいて口を噤む。気を付けないといけないと決めた矢先に、やらかしそうになっていた。


エイデンの心を開かせすぎて困るのは自分なのだ。力になりたいと思うのが悪いことではないが、その責任を取れるかと問われれば肯定できない。

あと一ヶ月で卒業してしまうエイデンとは、それ以降接点がないのに中途半端に関わるのはむしろ良くないだろう。


「すみません、何でもありません」


名を呼んだことを詫びればエイデンは特に追及することはなかったが、様子を窺うような視線を家に着くまでの間、エイデンから向けられることになった。

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