第6話 回想~コナー~

ジェシカはとても可愛い。


素直に感情を表すところや、一生懸命に話を聞くところはもちろん、きらきらと輝く瞳もふわふわと柔らかいミルクティー色の髪、小柄な身体は少し幼く見える。こんな妹がいたら毎日がきっと楽しかっただろう。


コナー・ベネットがジェシカに抱く想いは恋ではなく、愛に近いものだった。


婚約者であるステファニーは、ジェシカよりも控えめな性格で華奢な容姿は色白で儚い印象から、まるで妖精のようだと言われている。

庇護欲をそそる見た目から周囲からは羨ましがられることが多いが、コナーはステファニーが苦手だった。


まるで壊れ物のようで、どう扱っていいか分からない。それだけでなく、騎士を志しているにもかかわらず、コナーは護られるのが当然だと思っている令嬢たちがあまり好きではなかった。


女性が男に比べて非力であることも、護るべき対象であることも理解している。だけどその期待が、至極当然のものとみなされることに納得がいかない。

それはかつてのコナーが気が弱く臆病な性格だったからだろう。


騎士の家系に生まれながらも幼少の頃、コナーは厳しい訓練が嫌で堪らなかった。

弱音を吐けば叱責され、辛さのあまり泣き出せば溜息を吐かれる有様。いつの間にか家に居場所がなくなったようで居たたまれなさを感じているところに、領地へ送られた。


今では笑い話だが、あの時は本当に捨てられたのかと思ったほどだ。


そこで出会った同じ年頃の子供たちと遊ぶようになり、コナーは元気を取り戻し以前のように笑顔を見せるようになった。それでも訓練を再開することには抵抗があり、後ろめたい気持ちを感じながらも断っていたのだが、ある日突如としてそれは終わりを告げることになる。


(何であんなところに女の子が混じっているんだ……?)


一心不乱に素振りをしているのは、コナーと同じぐらいの年齢の少女だ。息を切らし、ふらつきながらも真剣な表情で木刀を振っている。


「女の子に木刀を持たせるなんて、騎士道に反していないか?」

「いえ、彼女は騎士を目指しているからと訓練に参加することを志願したのですよ」


騎士隊長に訊ねればそんな言葉が返ってきて、コナーは目を丸くした。女の子はか弱く繊細なのだから、大切にしなければならない。

これまで教えられてきた言葉や常識がひっくり返されるようだった。


その翌日も少女がきつい走り込みと素振りをひたすらにこなしているのを目にして、甘えている自分が恥ずかしくなりコナーは鍛錬に加わるようになったのだ。


少女が気になりつつも、話しかけることが躊躇われるほど黙々と少女は訓練に励み、まるで他者との関わりを拒絶しているように見えた。

ある日、好奇心に我慢ができなくなり勇気を出して声を掛けたコナーは彼女の言葉に衝撃を受けることになる。


「ねえ、どうして女の子なのに訓練を受けているの?」

「……女とか男とか関係ないわ。大切な人たちを守るために強くなりたいだけよ」


素っ気なく告げた少女は、それ以上会話を続けることもなく黙って素振りを始めた。


(この子は、僕なんかよりずっと強くて優しい子なんだ……)


騎士の家系だからと押し付けられた義務感からではなく、護りたいという想いから行動している少女がとても眩しく思えたのだ。

その日からコナーは心を入れ替えて訓練に参加するようになったが、数日後少女の姿を見かけなくなってしまった。


隊員たちに聞いても口を濁すばかりで、しつこく尋ねたところ家の都合で帰ってしまったという残念な内容だった。名前すら聞いていなかったことをコナーは後悔したが、もうどうしようもない。

それでもいつか再会できたなら、彼女に恥ずかしくないように訓練を積み、強さを磨いた。


(ジェシカはあの子ではないけれど……)


「コナー様は騎士なんですよね。私にもできる護身術とかありますか?」


卒業後は食堂で働くため自衛のために身に付けたいと告げられた時、強くなりたいと言った少女の姿が頭をよぎった。

頼られることは嫌いじゃない。だが自分に出来ることを頑張ろうとするその姿勢に、護ってやりたいと思えるのだ。


ジェシカは今回の件を気に病んでいるようだった。そんなところも彼女らしく、つい甘やかしてやりたくなる。


(ジェシカが殿下を選ぶなら、護衛としてずっと護ってやれるのにな)


プロム会場に戻りながら、コナーはそんなことを考えていた。

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