第5話 特別扱いな妹ポジション

生徒会室に向かった時の勢いはすっかり萎み、ジェシカは肩を落として廊下を歩いていた。


(確かに嫌がらせはあったけど嫌味や悪口が大半で、実害はほとんどなかったのに……)


鈍かったせいで傷つくこともなかったが、それゆえに彼女たちの行動理由を深く考えることもなかったのだ。このままでは本当に複数の令息を手玉に取る悪女、つまり悪役ヒロインになってしまう。


(でもどうしたらいいんだろう……)


「ジェシカ、良かった。ここにいたんだな」


安堵したような声に振り返れば、嬉しそうな笑顔のコナー・ベネット侯爵令息が駆け寄ってくる。高位貴族にもかかわらず、コナーはわりと素直に感情を表すため話しやすい相手ではあった。


「体調が良くないのか?まあ、あんな風に注目されるなんて怖かったよな」


心配してくれることは有難かったが、今のジェシカからすれば複雑な心境だ。


「コナー様、プロム会場にいなくていいんですか?婚約者の方とご一緒でしたよね?」


本来であれば婚約者をエスコートしているはずなのだ。先ほどの声掛けから考えれば、コナーはジェシカを探していたらしい。

婚約者に置き去りにされた令嬢の気持ちを考えれば、居たたまれなさでいっぱいになる。


「ああ、彼女は友人たちと過ごしていたから俺がいなくても大丈夫だ」


(そういう問題じゃないんだよ……)


騎士の家系であるコナーは騎士道精神を叩きこまれているようで、貴賤で差別することもなくジェシカのような立場の弱い人間に優しい。

紳士的な気遣いを見せるコナーに好感を抱かれていると感じるものの、そこまで特別扱いをされていないとは思う。


とはいえ、婚約者に対してもコナーは他の令嬢と同じような振る舞いしかしていないようなのだ。そこは特別扱いをすべきだと思うのだが、結果的にジェシカへの対応が特別なものに見えてしまい、反感を買う要因になっている。


「ジェシカ、何か困ったことがあれば言ってくれ。俺に出来る事なら力になるから」

「……ジョシュア様を止めたいのにどうしたらいいか分からなくて。私はアマンダ様たちへの罰なんて望んでないんです」


伝わらないかもしれないと思いつつ、ジェシカは自分の考えを吐露した。婦女子を護ることも騎士の責務の一つであることから、コナーも理解してくれるかもしれないと僅かに期待する気持ちもあったのだ。


「何もしなくていいんじゃないか?」


コナーの発言にジェシカは思わず口を尖らせてしまった。コナーもジョシュアやサミュエルと同じ考えなのだろうか。


「殿下のお心の裡は分からないが、殿下の言動はご本人に責任がある。ジェシカが責任を感じる必要はないと思うぞ?」


令嬢たちへの非難ではなく、行動を起こしたジョシュアへの言及にジェシカの心は少し揺らいだ。


(王族であるジョシュア様の行動を止めることのほうが、傲慢なのかもしれない?)


そう考えてしまったものの、元々の原因は自分にあるのだとジェシカはその考えを振り払う。それでは責任逃れと変わらないし、それを受け入れてしまえば本当に悪役ヒロインになってしまうだろう。


そんなジェシカの心情を知ってか知らずか、コナーはジェシカの頭を優しく撫でた。


「ジェシカはそのままでいいんだよ」


妹のようだと言われたことはあったし、以前にもそんなスキンシップを取られたことはあったが、婚約者から見れば浮気にしか見えないだろう。


「コナー様――」


抗議をしようと顔を上げると、コナーは殊の外優しい表情でジェシカを見つめていた。


(その顔は……ずるい)


恋人に向けるような熱のこもったものではなく、穏やかで慈しむような瞳はまさに身内に向けるような親愛を感じさせるものだ。


「……同い年なのに子供扱いしないでください」

「ごめん、ごめん。ジェシカがいい子だなと思ったらつい……」


きっぱりと拒絶の言葉を告げることができず辛うじて別の表現で不満を訴えれば、コナーは謝罪をしながらも楽しそうな笑みを浮かべていたのだった。

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