第4話 回想~サミュエル~

「嫌がらせをした相手を庇うなんて、まったく君はどれだけお人好しなんでしょうね……」


ジェシカの後ろ姿を見届けたサミュエルはぽつりと独り言を漏らした。


今回ジョシュアからプロムの場でアマンダとの婚約を破棄すると打ち明けられた時、サミュエルは即座にどうしたら円滑に進めることができるかと思考を巡らせていた。

婚約破棄など醜聞以外にあり得ないのだから、本来であれば臣下として諫めることが正しい。


だがサミュエルにはジョシュアの気持ちが分かってしまった。

恐らく無自覚なのだろうが、ジョシュアはジェシカに対して単なる友人以上の感情を抱いている。


貴族で生まれた以上政略で結ばれた縁を一時的な感情などで断ち切ることなど許されない。

それでも自分の大切な人を害するような相手と将来を共にしたくないという気持ちに、サミュエルは共感を抱いたのだ。


(それにいずれは臣籍降下するとはいえ、ジョシュア殿下が王族の血筋であることに変わりない。それに連なる者として相応の振る舞いが出来ないのなら、婚約破棄の理由としては十分でしょう)


ノブレス・オブリージュ、高貴な立場であるほどに社会的規範を求められる。アマンダにそれが足りないのは明白だった。


自分の婚約者であるヘザーは表立って動くほど愚かではないようだが、彼女もまたジェシカと自分の関係を邪推しているようだ。

ジェシカと意見を交わしていると、少し離れた場所から冷ややかな視線を向けてくるのを何度か目にしたことがある。


婚約してから一定の交流しか行っていなかったのだから、他の女性と会話する程度のことで嫉妬するほど好意を抱かれているとは思えない。単にジェシカが平民であることが気に入らないだけだろう。

資格を得て学園に通っているにも関わらず、身分だけで相手を差別するのはいかがなものだろうか。


そう思えたのはジェシカと知り合ってからだった。




「サミュエル様は横着ですね」


咎めるような口調ではなく、さらりと述べられた言葉がサミュエルの興味を引いた。無視しても問題なかったが、その言葉の真意を知るために言葉を返した。


「どういう意味ですか」

「もっと別の言い方も出来たはずなのに、言葉を費やす労力を惜しむのは逆に勿体ないと思うんです」


話しながらもジェシカは変わらないペースで紙を綴じていく。

課外授業の準備を二人で行っていたのは、ジェシカが手伝うことを主張したからだ。


四人一組に分けられた班で本来協力しながら全員で行うものだが、他の人間に任せて評価が落ちては堪らない。一人のほうが早いと端的に告げれば他の二人は愛想笑いを浮かべながら、さっさと帰ってしまった。

そこまではサミュエルが望むところだったのに、ジェシカだけは一向に譲る気配を見せず、仕方なく雑用を任せることにした。


トレス家嫡男である自分に阿るためかと考えればうんざりしたが、邪魔をするようなら追い出せばいい。そう思っていたのに真面目に取り組むジェシカに、サミュエルはやや態度を軟化させることになった。努力を重ねる者は嫌いではない。


授業についての質問に答えてやっていたところ、先程の言葉を告げられたのだ。


「……横着とは初めて言われたました」


悪口というには悪意を感じないものの言われて嬉しい言葉ではない。だが不快感はなく、むしろ今までにない対応に新鮮ささえ感じていた。


「サミュエル様は優秀な上に努力家ですけど、10の作業が出来たとして他の方がその半分の作業をすれば1.5倍、もう一人いれば2倍になるんですよ?チームなんだからみんなで分担したほうが捗るんじゃないですか?」


ジェシカの言うことには一理あるが、この程度の作業であれば一人の方が早いという気持ちは変わらない。そもそもサミュエルにとって勉学にしても、仕事にしても一人で終わらせることが当たり前だったのだから。

それよりもサミュエルが引っ掛かったのは別の言葉だった。


「努力家……ですか?」


誰もサミュエルにそんな言葉を掛けたことがなかったし、自分自身もそう考えたことはない。幼少の頃から聡明さを見せていたサミュエルはその才能を褒められることはあっても、努力としていると捉えられることはなかった。

勉強に励むことは嫡男としての義務であり、当のサミュエルは平然とこなしているように見えたからだ。


「真面目に取り組み続けるのは大変なことですよ。才能に胡坐をかいて成長しない人もいますし、どんなに優秀でも使わなければ宝の持ち腐れでしょう?だからサミュエル様はすごいなって思います……って、何か偉そうですかね?」


ふにゃりと照れたように笑うジェシカに、サミュエルは無意識に口角を上げていたらしい。ジェシカに指摘されて貴族らしかぬ自分の態度に困惑したものの、それは嫌な気分ではなかった。

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