第3話 味方になれば心強いが敵に回すと厄介な人

医務室を後にしたジェシカが目指していたのは生徒会室だった。プロム終了時間までまだ少し時間があり、恐らく彼ならそこにいるだろう。


「ジェシカ、もう大丈夫なのですか?」


生徒会室のフロアに辿り着く前に目的の人物であるサミュエル・トレス侯爵令息と出くわした。


「大丈夫ですよ。心配かけてごめんなさい」

「……別に。そもそも貴女が謝ることではないでしょう」


つっけんどんな物言いはいつものことであり、初対面の時に比べれば随分と態度が軟化している。平民だからと見下されていたはずなのだが、いつの間にか話をする機会が増えて今では気安く話しかけられる間柄になっていた。


(サミュエル様ならジョシュア様を止めてくれるはず!)


サミュエルは現宰相の嫡男であり、卒業後は王太子の側近となると言われているほど優秀な人物だ。王太子とは年が離れているため、学園にいる間はジョシュアの側にいることが多い。


「サミュエル様、アマンダ様の件ですが――」

「ああ、それについては問題ありません。アマンダ嬢だけでなく、関わった全ての生徒に相応の罰を与えるための手続きを進めています」


(いや、むしろ問題しかないから!安心できる要素が欠片もないよ?!)


「えっと……それは貴族としては当然の対応だったのではないですか?私の言動にも問題があったので、お互い様というか、その喧嘩両成敗ということで……」


「どこがですか?たとえ貴女の言動に非があろうとも、あのような低俗な虐めを許容する理由にはなりませんよ。それを許せば平民には何をしても良いという認識が罷り通ってしまいます。今後のためにも厄介な芽は早めに摘んでおくべきでしょう」


正論過ぎてぐうの音も出ない。ジェシカ自身はあまり気にしていなかった、というか気づいていないことも多かったが、それなりに嫌がらせはされていたのだ。


(何か嫌われちゃったけど、平民だから仕方ないのかな?ぐらいにしか思っていなかったのよね)


相性というものがあるのだから全員と仲良くできるとは思っていなかったし、仲良くしてくれる人と友達になればいいやという考えのジェシカは、仲良くできない理由について深く考えることはなかった。それは婚約者がいる高位貴族の令息ばかりと親しくすることになったことについても同様だ。


偶然と言えば偶然なのだが、悪意や下心を持ってジェシカに近づこうとした生徒たちは男女問わず、ジョシュアたちが牽制していたのだから近づけなかったのだろう。


「……でも婚約破棄はやり過ぎでは?私はそんなこと望んでいないですし、ジョシュア様に迷惑を掛けたくありません」


二人が婚約を結んだのは十歳の頃だと聞いている。いじめは確かに良くないがアマンダにも言い分があるだろうし、本人の希望だけで簡単に婚約破棄できるとは思えない。


「それも何とかなるでしょう。ジョシュア殿下は王族から外れて公爵家に入る予定でしたが、公爵家はベイリー家だけではないし、叙爵して他国の高位貴族の令嬢を娶ることも出来ますから」


王太子は既に隣国の王女を妃にしており、王太子の補佐となる第二王子は語学堪能な公爵令嬢と婚約を結んでいる。政治的なバランス的は必要だが、公爵家または侯爵家であれば構わないらしい。


(駄目だ、全部論破されるやつ!)


優秀なサミュエルがジェシカに思いつくことぐらい想定しないわけがなかった。そもそも問題があるようなら、あのような場所で婚約破棄を宣言させなかっただろう。


(え、じゃあサミュエル様もあれが妥当だと思っているの?)


婚約破棄が罰なのだとしたら、随分重いと思わざるを得ない。他に理由があるのではと思いサミュエルを見ると、小さく溜息を吐かれた。


「やはり……まだ体調が万全ではないようですね。無理をせずに今日は帰りなさい。馬車を手配しましょう」


そうではないのだと言いたかったが、これ以上サミュエルと話しても状況は改善しそうにない。さらに心配そうに眉を寄せるサミュエルとこれ以上顔を合わせるのも居たたまれなかった。


「ううん、一人で帰れるから大丈夫です。……じゃあまた明日」


ジョシュアだけでなくサミュエルからも説き伏せられた形になってしまった。逆ハーエンドを回避するにはどうしたら良いのだろう。

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