猫の葬式

睦月ネロ

猫の葬式

 今日は愛猫チャコの葬式だ。葬式と言っても猫の葬式なので、葬儀場ではなく自宅で行う。写真を飾り、父母私の三人でチャコとの思い出を語ろうということになった。

「じゃあ、まずはお父さんからね」

 そう言うと、お父さんは「ああ」と頷いた。なぜかその顔は緊張していた。

「どうしたの?」

 聞くと、お父さんは意を決したように言った。

「実はな、チャコはチャコじゃなかったんだ」

「え?」

「前にチャコが逃げ出したことがあっただろう? 雨の中探したけど見つからなくて、そんなときに出会ったのが今のチャコ――チャコそっくりの野良猫だった。チャコが見つかったことにしてこの猫を連れて帰れば、きっとみんな喜ぶ。この猫も今より良い暮らしができる。双方にとって良い話だと思ったんだ。今まで騙していてすまなかった」

「知ってたよ」

 私がそう言うと、お父さんは驚いた顔をした。

 お父さんが連れて帰ってきた猫は確かにチャコそっくりだったが、目つきが悪かった。それにいくら名前を呼んでも返事しなかった。だからチャコそっくりの野良猫だとすぐにわかった。

「じゃあ、何で言わなかったんだ?」

「お父さんもお母さんも、本当にチャコだと信じてるって思っていたから。悪いと思って言わなかった」

「何だ、そうだったのか」

「うん。でも、本物のチャコは可哀想だったよね。あのまま野良猫になっちゃったのかな」

「そうだな」

 二人でしんみりしていると、お母さんが「これを見て」と紙切れを見せてきた。新聞の切り抜きのようだった。そこには大きくチャコの写真が載っていた。

「何これ!」

 思わず叫ぶと、お母さんは地方新聞の切り抜きだと言った。

「私もあの猫はチャコじゃないって知っていたんだけど」

「知ってたの?」

 驚いて聞き返すと、お母さんは頷いた。

「あなたとお父さんに悪いから、言わなかったんだけどね。じゃあ本物のチャコはどこに行ってしまったんだろうって思っていたら、この記事を見つけたの。この子、どう見てもチャコよね」

 確かにこの写真は間違いなくチャコだ。野生を忘れた優しい目をしている。

「ちょっと読んでみてよ」

 そう言われ、切り抜きに目を落とした。見出しには「木村さんちの賢い猫!」とある。


 木村さんちの賢い猫!

 木村さんが飼っている猫フランソワはとても賢い。フランソワと呼ぶと、ニャーと可愛らしい声で返事する。自分の名前を理解しているのだ。

 木村さんとフランソワの出会いは、近所の公園だった。雨の中震えているところを保護し、それからずっと一緒に暮らしている。

 木村さんは「フランソワは我が家にとってかけがえのない存在です。これからもずっと大切な家族です」と語った。


「チャコ、フランソワになってるじゃん」

 思わず笑ってしまった。チャコはチャコで幸せに暮らしているらしい。遺影のチャコを見る。来たばかりのころは鋭い目つきだったが、晩年はだいぶ穏やかな顔をするようになっていた。

「チャコ」

 そう呼ぶと「ニャー」と聞こえた気がした。返事をしたのはどちらのチャコだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫の葬式 睦月ネロ @mutuki_nero

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ