5 子猫を巡る攻防(中)
まあねこねこネットワークにかかれば家族会議など出来レースで、あっという間に子猫に名前をつけることになった。
わしは「子猫が風邪をひいているかもしれないし、ワクチンも打ってないし、猫エイズや猫白血病の検査もしていないから、チビ太は近くに行っちゃダメ」ということになったので、遠くからしか顔を見られなかったが、どうやらシャムトラに成長しそうな顔だと思った。
家族全員うんうん唸っている。わしのようなただの茶トラであれば、シンプルに「チビ太」でいいかもしれないが、オシャレなシャムトラである。いまはまだ、ただの白と茶色の猫だが、人間たちもこれはシャムトラに成長するだろうと分かっているようで、なにかオシャレな名前を考えているらしい。
だが結局アイディアなどなにも出ず、結局優の提案した「デコピン」が通ってしまった。それは犬の名前ではないのか。
子猫のデコピンは母猫に捨てられた寂しさで一晩ぴいぴいぴいぴい鳴き続けた。拾ってきた人間の監督責任ということで、その日は優の部屋で面倒を見ることになったようだ。
次の日、土曜日で小学校が休みのかさねと、農家らしい力仕事の苦手なその母親がデコピンを獣医に連れて行った。どうしているか気になったので、わしは押し入れを開けて猫世界に向かい、ネコヴィジョンを見ることにした。
なんでも映せるネコヴィジョンの画面では、いつもわしを診てくれる若い女の獣医師が、デコピンを観察して、血をとって検査して、ちょっと風邪気味だけど難病ではない、という診断を下していた。
「チビ太くんは元気ですか」
獣医師がそう言った。ほう、わしにエリカラを取り付けたり注射したり尻の穴を絞ったりするこの人からそんなセリフが出るとは。
「元気です! トーストのツナとられました!」
かさねが嬉しそうに言う。獣医師は笑顔である。
「チビ太くんが食べたがるものがあったらなんでも食べさせてあげてくださいね」
獣医師はそう言って診察台を拭いた。わしを年寄り扱いしている。まあわしは年寄りなのだが。
思えばわしがデコピンくらいのころは、この獣医師の父親だと思われる獣医師に診てもらっていた。そりゃもう全力で捕まえにくる恐ろしい獣医師だった。
かさねとその母はデコピンのワクチン接種を予約し、わしが子猫のころは使っていなかったキャットケージ、子猫用のトイレやキャットフードを買い、家に戻ってきた。
キャットケージに入れられたデコピンの顔を見る。大きくなったら利発な猫になりそうな猫だ。
「ねこねこネットワークからの任務は聞いておるか?」
「うん! もうすぐ死んじゃう爺さん猫がいるから、家族が悲しまないように機嫌を取れって!」
子猫なので言い方がわからないらしい。だとしても無礼なやつだ。
「わしのことは師匠と呼べ。それにわしゃまだまだ死なないからな」
「はーい!」
打って変わって素直なやつだ。まあ子猫なんてそう難しいことを考えることはできないのだから仕方がない。
とにかく、こういう弟子が来てくれて、わしは安堵したのであった。
◇◇◇◇
デコピンが来て2ヶ月が経った。外はもうちゃんとした春だ。わしは2ヶ月前となにも変わらず元気である。自分でもビックリする。
デコピンは風邪も治りワクチンも打ち、すっかり健康体で毎日とんでもない大暴れを繰り広げている。わしはそれを眺めながら台所のフローリングに落ちているだけだ。
優もかさねもその親たちもデコピンの迷惑を被っている。いまデコピンはカーテンをよじ登りカーテンレールの上を歩いている。ホコリがぱらぱら降ってくる。
デコピンはとにかくひどいイタズラ癖の持ち主で、家じゅうの壁をボロボロにし、人間の洋服をズタズタにし、食べ物をちらかし、人間の手に噛みつき、とにかく「教育的指導」が必要に思えた。しかしわしがなにを言っても聞かないのだ、人間ごときの話など聞く気もなかろう。
家族全員、繰り返されるデコピンのイタズラにうんざりしていた、そんなある日のことだった。(つづく)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます