3 爪を巡る攻防
春になってこたつ布団を撤収されてしまった。そうなると人間にひっついているのがいちばん快適なので、わしはさっきから学習机とセットの椅子に座るかさねの膝に乗っかって手をぺろぺろしていた。
「ねーチビ太ー、重いよー」
「あおー」
「あおーじゃないよー。重いよー」
「あおー」
「チビ太、『みみがとおい』ってやつ?」
「うなおー」
首を横に振る。
「聞こえてるのかあ……ねーチビ太、重いから降りてー」
大人の人間だったらわしの脇に手をいれて床に降ろすのだろうが、かさねは非力な小学生だ。そこまでできまいと思って膝にひっついている。
おっと、手をなめていたら久方ぶりに爪がぽろっといった。年寄りになってから爪とぎをしてもぜんぜん取れないものだから久しぶりに見た。
猫の爪はぽろぽろ取れて生え変わる。しかしかさねはそれがわからないようで目を白黒させていた。
「チビ太、爪とれちゃったの?」
「あおー」
首を縦に振る。
「どうしよう、チビ太病気なの? 血出た? 痛い? どうしよう……」
いや大丈夫だから。爪はぽろぽろ取れるものだから。そう説明したいのだがかさねはもう小学生である、猫はしゃべらないということが分かる。どうすれば爪がぽろぽろいくことを説明できるだろうか。
そういえばこの間、床で擦れてかかとがハゲたとき、優がスマホで「猫 かかと ハゲた」とかなんとか検索してたな。かさねのキッズケータイでもできるかもしれない。というわけで、かさねの机の上のキッズケータイをつんつんする。
「そっか、大人に聞いてみればいいんだ。えーっと、おとーさんは仕事だし、おかーさんも仕事だし、じいじもばあばも仕事だし……」
違う違う。グーグルだ。それともキッズケータイというのはインターネットができないようにできているのだろうか。だとしたら子供が教育によろしくないことを検索したりゲームにお金を突っ込んだりしないようにだろう。人間というのはなかなか愚かである。
「しょうがない。優にいに聞いてみよう」
かさねは優に電話をかけたようだった。焦った口調で、チビ太の爪が取れた、と言っている。わしは耳を澄まして、電話の向こうの優の返答を聞く。
「ああ、大丈夫だよ。猫の爪はぽろっと取れるんだ。下から生え変わるんだよ」
「ええ!? そうなの!?」
「そうだ。ときどきたたみに三日月みたいなの引っかかってるだろ?」
「……あーっ! あれかあ! なあーんだ!」
かさねはそこで乱暴に電話を切った。まだ甲高い声で「それでは失礼しま〜す」と言う歳ではないのだろう。
「チビ太のせいでびっくりしたっ!」
突然しっぽを掴まれた。かさねはまだ小さい人間だから噛みついたり引っ掻いたりしてはいけない。逃げ出して玄関のほうに行くと優が帰ってきたところだった。
「おまえ〜! なにかさねちゃんをビビらしてる!」
優が強引なヨシヨシの体勢に入ったので反撃した。
「シャーッ!!!!」
気持ちとしては「もののけ姫」のモロの君が「黙れ小僧!」と怒鳴る感じである。もっともわしはただの猫なので怖くない。
「うおっごめんごめん」
優はヨシヨシを諦めるのも早いのだった。
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