4

家に帰る頃には23時になっていた。

お父さんが建ててくれた家に、今日も入る。

真っ暗な家の中、リビングの電気をつけ・・・隣の部屋にあるお父さんの仏壇へ。





樹里の初恋だったお父さんが、写真の中で今日も優しく笑っている。

それに笑い返してから、両手を合わせ・・・今日の少しでも良い思い出だけを報告する。

その方が、お父さんが心配しないから。





お兄ちゃんもお姉ちゃんも結婚したし、お母さんは今日も遅くまで仕事。





1人でダイニングテーブルの椅子に座り、コンビニで買ったおにぎりを1つだけ食べる・・・





食べようとしたけど、なんだか気持ちが悪くて・・・半分以上残してしまった。

それを小さく切ったサランラップで包み、冷蔵庫に入れておく。





誰もいない、真っ暗な・・・静かな部屋の中。





それでも、樹里は寂しくなんてない。

だって、お父さんが生きている間はお父さんからちゃんと愛してもらっていた。





お父さんが死んでしまってからも、お兄ちゃんに沢山愛してもらっていた。

お姉ちゃんからも沢山沢山愛してもらっていた。

お兄ちゃんとお姉ちゃんは自分達の時間を犠牲にしてまで、樹里のことだけを愛してくれていた。





お母さんは・・・うん、たぶん・・・樹里のこと愛してくれていると思う。

今でもよく喧嘩になるけど、2人ともカラッとしてるから、喧嘩のあと5分後には普通になっているし。





だから、樹里は寂しくなんてない。





樹里は、可哀想なんかじゃない。





でも・・・





それでも・・・





毎日、毎日・・・毎日・・・





思うことは沢山ある。





沢山沢山、ある・・・。









自分の部屋に入ると、樹里の1番大好きな匂いに包まれる。

それを大きく吸い込み、やっとリラックスが出来た。




自然と笑顔になって・・・時計で時間を確認する。




「今日は遅いから、こっちで・・・」




ベッドと小さな机しかない樹里の部屋、その机の椅子に座る。

引き出しから、いらない紙の裏側・・・そこが白紙の物だけを集めた紙を机に置く。




赤い可愛いボールペンを手に取り・・・少しだけ眺めた後・・・また引き出しに戻した。




普通のボールペンを手に持ちながら、目覚まし時計を4つセットする。

今日は時間が遅いので1時間だけ・・・。




そして、姿勢を正し・・・




目を閉じ・・・




ゆっくりと深呼吸をする・・・




それから、ゆっくりと目を開け・・・




ボールペンの先を、紙に・・・




のせた・・・。









右手にはそこまで力を入れない。





樹里の頭の中、




樹里の心の中、





その中の物が右手の指先まで届かなくなると嫌だから。





ボールペンの先まで、届かなくなると嫌だから。






ボールペンの先に、浮かんだ言葉だけが辿り着けるように・・・







そして、紙に・・・のせる・・・。








紙に、のせていく・・・。








浮かんでくる言葉だけを・・・








のせていく・・・








のせていく・・・。








今日も、のせていく・・・。









これが、樹里の日課。

字が上手なお姉ちゃんから、保育園の途中から毎日字を教えて貰っていた。

小学校に入ってからは3年生まで、お姉ちゃんの字をお手本にして、毎日毎日練習していた。




そして、その字で・・・

樹里は毎日、毎日、毎日・・・浮かんだ言葉をこうして書いていった。




そうすると、言葉にならない気持ちも、想いも、この右手にならのせられたから。




そうすると、スッキリしたから。




だから、今日も樹里は・・・




この右手を・・・




ブレることなく、動かす・・・。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る