第9話 by那由多

詩乃の話を聞いた後、龍馬は溝渕邸を離れて江戸の町を歩いていた。

ここまでの事件を一度整理してみよう。

 二年前の久留島詩乃の父が亡くなった事件と今回の佐部四郎が亡くなった事件には共通点がある。二つの事件では蟲の異能を持つ子供が、その親をその力で殺している。

しかし今回の事件ではその蟲の力が発動しながらも、遺体のそばの建物には人影があった。あの人物は何者だったのだろうか。いや、既にあの人物が誰なのか、その目星はついている。

 龍馬は今回の事件の現場、佐部四郎が落ちた建物の前にたどり着いていた。その階段を上り、あの黒ずくめの人物に出会った三階へ向かう。

 あの黒ずくめは佐部四郎が落ちた後、なぜ龍馬が三階まで上がってくるまでこの建物で待っていたのか。屋根を伝って逃げるような芸当ができるなら、はじめからそうしていれば良かったはずだ。

 そもそも蟲の異能とはなんなのだろうか。その力を使われた者の末路を龍馬は知らない。当たり前だ。力を使われた者は最終的には全ての人との関係が喰われて、その最後は誰にも認識できなくなる。だから蟲に関係を喰われた者の最後は誰も知らない。

 長い階段を上りきり、ろうそくの小さな明かりの中にいる人影に龍馬は言い放つ。

「この前は斬りつけて悪かった。久しぶりだな、探偵」

すると先ほどまで真っ黒に見えていた人物の姿が色づき、二年前、床に伏していた探偵が、そこには立っていた。

「龍馬…?私を私だとわかるのか……?」

「ああ。だがまだこの建物に居てくれて助かった」

 黒ずくめの人物を見つけてから龍馬が三階に上がるまでに逃げなかったこと、黒ずくめの姿であること、左腕に傷を負わせてなお声が聞けなかったこと、これら全てが関係を喰われて他人から認識できなくなった探偵だと考えれば辻褄が合う。しかし、黒ずくめの人物の正体には気付けても、いる場所までは確実とは言えなかったからここで会えて良かった。

「だが再会できた後すぐで悪いが、今はお前の持つ蟲についての情報をすべて教えて欲しい」

 そう言って龍馬はこの二年間で知った蟲についての知識を伝えた。

「そうか。そこまで知っているなら言えることは少ないが、私の知識を共有しよう」

 探偵は龍馬の目を見据えて、話を始めた。

「蟲とは本来、姿かたちは虫だ。しかし中には人と蟲の間にできた子供もいる。その子供は見た目も中身も人のように育つが蟲の異能を持ち、蟲の力を使えば使うほど性質が蟲に近づいていく。人の関係をまるまる一人分も喰らえば、その者は蟲と区別ができないだろう」

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