第6話 再会

 ラシーヌの行き先は屋上だった。

 警視庁に屋上なんてあったのかと、ケルンは内心驚きながらラシーヌに続いて外に出る。


「今日は良い天気だね」

「はい」


 柔らかな日差しと温かな春風が迎え入れ、その心地よさに二人の頬が自然と緩む。


「最後の一人は休憩の時、いつもここでたばこ吸ってるんだよ。今日は快晴だし、もしかしたらうたた寝でもしてるかもね」

「そうなんですか」

「……前は、たばこなんて一切吸わない生真面目な人だったんだけどね」


 ラシーヌの双眸がわずかにかげったのを、ケルンは見逃さなかった。


 ――昔、その人に何かあったのか?


 裏社会を相手にしている過酷な職種だ。事件をきっかけに人柄が変わってしまうのも無理はない。

 自分も他人事ではないと思いつつ、ラシーヌの後をついていくと、


「いた」


 彼女が屋上の右端に視線を固定して呟いた。

 ケルンも同じところに目を向けると、そこには警視庁という厳粛とした公共の場にあるまじきビーチチェアがあり、中年の男性が寝そべっていた。

 ぼさぼさになった焦げ茶の髪に、無精髭。緑色のネクタイが緩められたシャツやスーツには皺が寄り、しなびている。

 完全に堕落しきった風貌の男に、ケルンはあからさまに眉を顰めた。


「やっぱりうたた寝してる。しかも、寝たままたばこ吸ってるよ」


 信じられない、と辟易するラシーヌにケルンも同感する。


 ――あの人が第一班?


 確かに第一班の面々は個性的ではあるが、彼らの方がまだ警察官としての面子を保っている。だが、眼前にいる最後の一人は正義を掲げる公人とはとても思えなかった。


「しょうがない。起こしてやるか」


 ラシーヌは嘆息して男性の元に歩み寄る。ケルンも胡乱げに彼を見据えながらラシーヌの背を追った。


「ちょっと、シュタムさん」


 ラシーヌがかの男性の名を呼んだ時、ケルンの足がぴたりと止まった。同時に息を呑む。


「……シュタム?」


 その名前を一度たりとも忘れたことは無い。

 十数年前、自分を助けてくれた恩人。そして、目指すべき道を示してくれた憧れの人。


「人違い、だよな……」


 きっと、たまたま名前が同じだけだ。違う人に決まってる。

 そう思ったが、眼前の男性を注視してみると、彼の髪色と自分の記憶のなかにいるシュタムのそれが一致していた。年齢も同じくらいで、何よりオークション・ポリスであるという確かな事実が、同一人物であることの証左になり得た。


 ――さっきラシーヌさんも、前は生真面目な人だったって……。


 ケルンはどうしようもない痛恨の念に駆られる。


「どうして……!」


 あれほど実直で優しい彼が、なぜこれほどまでに変貌してしまったのか。どれだけ考えても理解できず、ケルンは茫然と立ち尽くす。


「たばこ吸いながら寝るのやめてよね」


 ケルンが言葉を失っている一方で、ラシーヌはシュタムと思しき男性のたばこを摘まみとる。


「もうすぐ休憩終わるよ。起きて」


 そのまま彼の肩を揺すった。すると、男性は「ううん……」と呻き声を発しながらゆっくりと目を開ける。


「誰だ、俺の睡眠を妨げるのは」


 その一声を聞いて、ケルンは悟った。


 ――やっぱり、あの人だ。


 本来ならこの再会を喜ぶべきはずなのに、どうしても心が浮き立たない。

 両の拳を握りしめ、ケルンは歯噛みする。


「誰だ、じゃないよ」


 呆れ顔で答えるラシーヌに、シュタムは寝そべったまま目線を持ち上げた。


「……ラシーヌか」

「警察官たるもの、休憩中とはいえ呑気にうたた寝しないで。ていうか、こんなところにビーチチェアを置くな」

「説教しにわざわざ屋上ここまで来たのか」

「違います。例の新人君を紹介しに来たの」

「新人?」

「聞いてないとは言わせない。一昨日おとといちゃんと言ったでしょ」


 今日からあの子も第一班の一員になるんだよ。


 ようやくシュタムが起き上がり、ラシーヌと同じ方向に寝ぼけまなこを向ける。そこで、彼は微かに目を瞠った。


「ケルン・アイスフェルト君。覚えてるでしょ」


 昔、あなたが人身オークションで助けた少年です。

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オークション・ポリス 海山 紺 @nagigami

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