第3話 信頼

 世界では、数多の闇オークションが秘かに行われている。


 所持あるいは使用が禁じられている麻薬、非正規で入手された美術品や骨董品、そして、貧民や浮浪者という人命――。

 経済成長による所得格差で貧富の差が著しい国では、人身売買も闇オークションの一つだった。


 特に、大国ブルーメは古来から闇オークションが横行している国である。そのため、警視庁は違法競売取締部――通称、OP〈オークション・ポリス〉と呼ばれる専門部署を配置し、悪しき競売人たちを拿捕だほすることに心血を注いでいた。




   *****




「ねえ、昨日の『シスター・ブラッド』見た?」

「いえ。俺はドラマを全く見ないので。テレビ自体、ニュース以外ほとんど見てません」

「え、マジ? やっぱ今どきの若者ってテレビ見ないんだねえ。だとしても、シスブラは視聴率二十パー超えらしいから、君の周りでも見てる人多いと思うんだけど」

生憎あいにく、俺には友人がいませんし、両親もとっくに他界しています。世間話で盛り上がれるような親しい人間はいません」

「……ごめん」

「謝らないでください、班長。全く気にしてませんから」


 ブルーメ首都、ローゼにある警視庁本部の廊下を歩きながら、ケルンと上司である美人警察官は他愛ない話をしていた。が、今は少し空気が重い。

 そういえば彼は貧民街出身の孤児だったなと、先導するラシーヌ・デュランは回顧する。


 ウェーブがかった濃緑の長髪に、薄紫の双眸と整った鼻梁びりょう。パンツスタイルのスーツに身を包む艶麗な美貌は、彼女の隣を通り過ぎた男性警察官を思わず振り返らせてしまうほど。

 だが、異性を惹きつける美しさだけがラシーヌという女性を形成しているのではない。威厳と凛々しさ――警部長の称号を示す黄緑色のネクタイと彼女自身の実績に伴う名声が、それらを引き立たせていた。


「じゃあ、私が親しい人間第一号だ」

「え?」


 明朗でいて穏静な声音がケルンの心に響く。

 ラシーヌは足を止めて、新人の部下と向き合った。


「これから一日の大半を一緒に過ごす仲だからね。私だけじゃなくて、他のメンバーもいずれ君にとってかけがえのない人たちになっていく。まあ、ちょっと癖が強い連中だから、最初のうちは何だこいつらって思うかもしれないけど」


 ケルンが配属された第一班は取締件数最多を誇る精鋭班と名高いが、その反面、構成される警察官全員が曲者くせもの揃いだと噂されている。ケルンもその噂は警察学校時代から耳にしており、少なからず覚悟はしていた。

 

「でも、仕事においてもプライベートにおいても、君の力になってくれるのは間違いない。私も班長としてできる限りサポートしていくから、そう身構える必要はないよ」


 君はもう、一人じゃない。


 その一言に、ケルンは大きく目を見開く。

 大抵の人はその言葉を励ましと捉えるだろう。だがケルンにとっては励ましだけではなく、ある種の忠告のようにも受け取れた。


 十数年前、闇オークションから救い出してくれたあの日から、オークション・ポリスになることだけを夢見て懸命に努力し続けてきた。

 児童養護施設にしばらく預けられ、やがてスクールに通い始めた少年期。つい最近まで警察学校に在籍していた青年期。いずれの期間においても、ケルンはずっと孤高を貫いてきた。


 だが、それは同時に孤独でもあった。勉学や訓練に明け暮れ、クラスメイトからの誘いを断り続けた結果、周囲からは敬遠されるようになり、いつも一人で過ごす毎日。

 おかげで警察学校を首席で卒業することはできたけれど、今までの人生で得たものは、知識や実技、それから主席という肩書だけ。警察官としてチームやバディで行動するのに一番必要な『信頼』が自分には欠けていた。


 自分自身が他者を信じ、頼ろうとしなかったから。自分自身のためだけに高みを目指そうとしたから、必然的に他者が手を差し伸べてくれることも無くなった。

 でも、これからは違う。

 他者の歩み寄りを無下にすることは許されない。


 ケルンは心身を引き締めると同時に、口角をあげた。


「はい」


 ラシーヌも頬を緩め、再び歩き始める。

 一体どんな人たちなんだろうかと、期待と一抹の緊張を抱えてケルンは彼女の背を追った。

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