第3話

「大丈夫ですか!?」


校外へ駆け出すと、先ほど窓から見た通り老人が倒れていた。

意識はある。呼吸が荒い。

ちくしょう、老人が倒れてるときの相場はどんな病気なんだ?救急車か?


「救急車は...呼ぶな...か...カバンから薬を...。」


救急車を呼ぶな!?

何か複雑な事情があるのか。

カバンから薬、老人が持っていた高級そうな革の鞄を漁り、毒々しく鮮やかな黄色い錠剤を取り出すと僕は老人にそれを飲ませた。


かなり即効性の薬のようで、数分もすると老人は落ち着いた呼吸になり立ち上がることができた。


「この歳になると体もガタが来る。医者の回復魔法も効かん。かなわんわい。」


そんな愚痴も言う余裕も出てきたようだ。

改めて見てみると老人はスラリとした長身を上品なスーツで包み、きちんと白髪を整えてステッキを持っていた。老人というよりも老紳士と言った方がいいかもしれない。


「気をつけてください。じゃ、僕はこれで...。」


「待ってくれ。何かお礼をさせてくれぬか。」


「お礼なんて...そんな...。」


早めに立ち去ろうとした僕は老紳士の勢いに押され、僕と老紳士は近くの公園のベンチに腰掛けた。

僕、1限の自習を飛び出してきてるんだけどな。

地面を突くハトを眺めて、ハトはいつも呑気だよな、とどうでもいいことを思った。


「浮かない顔をしているな、少年」


「1限の自習をすっぽかして出てきたんです

すぐに戻らないと。」


「ふむ...」


老紳士は徐に右手を掲げると、軽やかに指を鳴らした。


驚いて逃げるハト。その動きが、止まる。

木から落ちる木の葉は不自然なまま空中で硬直し、風で揺れたブランコは動画を一時停止したように斜めの状態を維持している。


「これで、時間を気にする必要はないようだ。」


老紳士はいたずらっぽく笑う。僕は思わずツッコんでしまう。


「時間停止魔法?魔術ですか。そんなの使える人なんか見たことない。」


「無限に思えるほど引き延ばしているだけさ。時間を止めたら私たちは動くことができない。」


どちらにしろ同じことだ。魔法の難易度は変わらないだろう。

徐に老紳士は立ち上がり、振り返って僕の方を見た。


「君がどことなく憂鬱そうなのは時間のせいじゃないんだろう?」


「読心魔法ですか。」


「はは、心なんか詠まなくても若者の気持ちはわかるのさ。どれ、話してみなさい。通りすがりの老爺にしか話せんこともあるだろう。」


「...話すのはかまいません。でもでしょ。」


僕は思わずそう言ってしまう。老紳士の言う通り自分の悩みを洗いざらい打ち明けても構わなかったが、自分だけが素顔を晒していると言うのもなんだか気分が悪かった。


「...ほう?その心は?」


「気づいてないと思ったんですか。」


「...。」


老紳士は黙り込む。あれ?図星か?

バレバレだったんだけどな。


「顔全体に変装魔法をかけてるでしょ。上の窓から見たときより。別人と入れ替わっているのかと思ったが輪郭と体格は大体合致してる。」


老紳士は黙って聞いている。いや、実際は老人でもないのかもしれない。


「何より、言動が少し老人らしくない...というのは気のせいかもしれませんが。」


「驚いたよ。」


暫定老紳士は指を鳴らすと、顔の表面が溶けるように動き空中へ霧散した。


「誰にも見破られたことはなかったんだがな。」


霧の中から出てきたのは、美しい白髪はくはつの好青年。先ほどまでの老人の顔ではなく、まるでギリシャの彫像のような美しさを持つ男性だった。

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