第2話

俺は魔法が使えない。

魔法がアタリマエのこの世界で。


先ほど頻繁に『ゼロ』と呼ばれていた僕であったが、察しのいい方ならその意味に気づくだろう。


この世の中には、魔法が使えない人、という人が一定数存在する。


例えば、大人になってもスキップができない人がいるように。

例えば、足の小指の関節が一つない人がいるように。

例えば、数字を色で捉える人がいるように。


と言ってもその割合は前述したものほど多くいるわけではない。国の魔法研究機関が公開しているデータによると、魔法が使えない人間は1万人に1人だという。だが、使えない人間はどこを探しても僕以外見たことがない。さしずめ一億人に1人といったところか。

 魔法という力がこの世に現れてから、魔法を使うための力、所謂いわゆる体力、スタミナのような意味で「魔力マナ」という概念が誕生した。これは身長や体重、血圧のようなもので病院や保健室などいろんなところで計測できる。


僕の魔力マナは0。

大事なことなのでもう一回言っておく。

0だ。


清々しいほどに0である。中学生男子の平均魔力マナがいくつなのかは知らないし、魔力マナが多ければ強い、偉いとも一概には言い難いが、どこへ行っても0が蔑視の対象となることは間違いないだろう。


長々と説明してしまったが、『ゼロ』という呼び名は


魔法センス『ゼロ』

魔力『ゼロ』


そんな二重の意味を持ったダブルミーニングの素晴らしい蔑称である。


「よし、それじゃHRを始める。」


いつのまにか担任教師が教卓に立っている。

ちらりと土田を伺うと、僕にはすでに興味を失ったようで熱心にスマホをいじっていた。


「今日の1限の近代史だが...赤木先生が体調不良とのことで、基礎魔法の演習が入る。っと...すまないな、如月。お前は自習でいい。」


担任が眉を下げてこちらを見ている。

土田の押し殺した笑い声が聞こえた。

担任が悪意を持って言ったわけではないことはわかっているし、担任を責める気持ちは微塵もない。

ただ、自分は人々とは違うと言われているようで。どんなに取り繕っても世間に溶け込めないと言われているようで。


胸が、いつも痛む。


「...はい、わかりました。入試も近いですしね、はは。」


そんな本心を上塗りするように笑顔を貼り付けた。


● ○ ●


「今日、水魔法の練習らしいぜ。」

「茶汲み魔法できないと会社でパワハラされるらしいからなー。」


そんな会話をしながら移動する同級生を横目に、僕は本を開く。


「おい、あんま無理すんなよ。」


五十嵐だった。教室にはいつの間にか誰もおらず、静かな教室で彼の爽やかで淡麗な顔が何かを憂うようにこちらを見ている。


「魔法が使えなくても、如月は如月なんだからな。」

「はは、なんだよ急に改まって。別に気にしてないって。」

「...そうか。」


五十嵐が向こうに行ったのを確認した。教室にいるのは僕1人になった。途端に耳を刺すような静寂を感じた。


「100年以上前に生まれてたら僕も普通の人だったのにな。」


そんなくだらない妄言は静寂に消えて、「バカなこと言うな」なんてツッコミを頭の中でしながら意味もなく窓の外を見た。


「...ん?」


老人が、道で倒れている。


「おいおい、大丈夫か?」


周囲の道には誰もおらず、そもそもその道は人通りも車通りも悪い。


見てしまった。

自分以外は見ていないかも。

放っておくとどうなる?

死んでしまう。

助けなきゃ。

誰が?

自分が。

回復魔法も運搬魔法もできない自分に何ができる?

何もできない。

でも見ないふりは、違うだろ。


脳内を言葉が駆け巡る。

気づけば僕は、教室を飛び出して廊下を走っていた。

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