ゼロから1億〜出来損ない魔法使いが世界一の魔法師になるまで〜

夜野やかん

第1話

 如月きさらぎげんは、魔法が使えない。


「お、いい天気!」


ドアを開けて家を飛び出した玄は空を見上げてそう呟いた。


 時は20XX年。人類はある日突然新たな力を手に入れた。

それが、魔法。手から炎を出したり、物を透視したり。中学生が毎日憧れてきた超常コミックの世界が、突然目の前に広がった。

ある日本人から発現した「魔法」は、中国に、ロシアに、ドイツに、アメリカに。瞬く間に世界中で事例が確認され、魔法は世界中に拡散した。先天的に使える者が現れ、やがてその数は増えた。これが、僕が生まれる85年前―――つまりちょうど今から100年前のことだ。


 例えば、僕が今から乗る「電車」は雷魔法でエンジンを動かし、浮遊魔法で摩擦を軽減して動いている。

例えば、火事が起これば消防団が水魔法で火を消すし、炎魔法の使用が疑われる。

例えば、魔法を使った犯罪を解決する「魔法警察」がいる。


もはや魔法は生活の一部。スマートフォンが十年弱でこの世界に欠かせないものになったように、魔法はすでにこの世界に溶け込んでいる。


● ○ ●


「お!今日も来たんですけど!」

「はは、懲りねえなぁ如月も。」


はるばる30分弱の通学路を辿り、教室に到着した僕を出迎えたのは嘲笑を含むざわめきと―――「『ゼロ』の能無しが!なんで俺たちと同じ教室に通ってんだ?」―――ひときわ大きな怒鳴り声だった。


 僕は思わずため息をつく。落ち着いたため息ではなく、落ち着くための小さなため息だ。

今、僕に凄んだ男は土田つちだ。下の名前は覚えていないがいかにも“不良”が連想されるような名前だったと記憶している。毒々しく似合わない茶色に髪を染め、顔にはニキビの跡があり、耳と首にはギラギラと目に悪そうなアクセサリーをつけている。

いつも複数人でつるんでいて、ことあるごとに僕に絡んでくる。(僕のことが好きなのかも)。

 小さく息を吸い込むと、些細な反撃をしてみる。


「ぜ...『ゼロ』は学校に来ちゃいけない、なんて決まりはないと思うんだけど」


「決まりの話はしてねーんだよ。」


 土田はそういうとチラリと“彼”の方を見た。先ほどの説明で土田が人を尊敬するような性格をしていないことが理解いただけただろうが、“彼”はそんな土田がこのクラスで、いや、この学校で唯一尊敬する人物だ。


「天下の『郭日くるわび』に推薦で受かった五十嵐いがらしと!『ゼロ』で何の取り柄もないお前が!何で同じクラスに通えるかって聞いてんだよ!」


「いいよ、土田。俺は如月のことなんとも思ってないって。」


五十嵐だ。彼は読んでいた分厚い小説をパタリと閉じると、「それに」と続けた。「推薦で受かったのも運が良かっただけだ。」


土田に尊敬されている“彼”、五十嵐いがらしれんを一言で表すとするならば「完璧」、二言で表すなら「完全無欠」だろう。 そんな彼は僕の幼馴染で、家が近いこともあり幼稚園小学校中学校と同じ学舎に通っていた。てなわけで彼の武勇伝を僕はこの目で見てきている。


容姿端麗高身長。頭脳明晰で常に成績はトップクラス。運動神経もバツグン。

リーダーシップもあって、小学校では生徒会長、中学校でも生徒会長。コミュニケーション能力も高く大人ウケがいい。堅いだけではなくユーモアもある。当然モテるが女の子を取っ替え引っ替えするわけでもなく、彼女はいない。バレンタインデーではダンボール1箱を埋めるほどのチョコをもらい、ホワイトデーで律儀に全員に返していた。


一話にして僕よりも多く情報が出てしまったわけだが、まだまだ彼の長所はある。おそらくどうでもいいことなので省いておく。とにかく五十嵐廉なる人物は完全無欠のパーフェクトヒューマンである。


そんな彼は日本の魔法教育の最高峰、『郭日魔法高等学校』に推薦で合格した。一般入試の偏差値は70を優にこえ(確か77前後だった)倍率は15倍前後。そんな学校に推薦で受かってしまうのだから彼は恐ろしい。毎日同じ教育を受けていたはずなのにどこで差がついてしまったのか。


「ま、『魔法』だろうなぁ。」


五十嵐の介入で喧騒を取り戻したクラス内に僕の呟きが溶ける。


僕、如月玄は魔法が当たり前のこの世界で。

魔法を使うことができない。

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