第2話成金邸
楓が依頼を済ませて帰った後、シチローは頭を抱えて悩んでいた。
その様子を見た子豚が、不思議そうに声をかける。
「どうしたのシチロー、頭なんて抱えて……」
「さっきの依頼、『
「えっ、シチロー 成田金蔵の事知ってるの?」
てぃーだの疑問にシチローが困惑した顔で答えた。
「いや、知ってるのは成田金蔵じゃなくて成田金蔵の屋敷の事なんだけど……これは厄介な事になったぞ」
シチローが言うには、成田金蔵邸……通称【成金邸】のセキュリティシステムは金の亡者である成田が、その財産を守る為に相当の予算をつぎ込み芸術的とも言える完璧な防犯設備で固めた邸宅であるらしい。
泥棒達の間では要塞と呼ばれ、誰も忍び込もうとする者はいないとの事だった。
「ええ~っ! そんなにスゴイ所なの! それじゃ絵画なんて盗める訳ないよ」
シチローの話を聞いて、ひろきは既に成金邸への侵入を早々と諦めていた。そして子豚は……
「まったく、シチローが何でも安請け合いするからよ!」
「最初に引き受けたのはアンタだろっ!」
そうは言っても、一旦引き受けてしまった以上今更出来ませんという訳にはいかない。……となると、すでにチャリパイではお馴染みとなったあの展開になるのは必至である。
「それじゃ、お三方……また偵察に行ってもらうよ」
「結局そうなるのよね……」
てぃーだがため息混じりに呟いた。
☆☆☆
高級住宅が建ち並ぶ田園調布の一角にその建物はあった。『成田金蔵邸』略して『成金邸』……その成金邸に、その日新しい三人のメイドが入ってきた。
この屋敷の使用人を取り仕切る執事の鈴木が、この三人の教育係を担当する。
「君達が今日一日、臨時でメイドをしてくれる事になった三人だね」
「てぃーだで~す!」
「子豚で~す!」
「ひろきで~す!」
「三人とも変わった名前なんだね……まぁいいでしょう、宜しくお願いしますね」
「ハ~~イ!」
鈴木との挨拶が済むと三人は、控室で慣れないメイド服に袖を通す。このようなメイドが在籍しているのは成金邸のようなよほどの大邸宅か、さもなければメイド喫茶ぐらいなものだろう。舞台でメイドの役でもなければまず着ることのない格好に、少し気恥しそうに愚痴るてぃーだ。
「ったく……なんでアタシがメイド服なんて着なきゃならないの……」
「あら、ティダもひろきも、アキバのメイド喫茶のコみたいでカワイイわよ」
「そういうコブちゃんも、よく歌舞伎町で見かける風俗のひとみたいだよ」
「なんで私だけイメクラなのよ!」
執事の鈴木の説明では、着替えが済んだらまず最初にこの広い屋敷の清掃をするのが毎日のルーティーンになっているらしい。
「それじゃ、掃除にでも取り掛かりましょうか皆さん」
腕捲りをし使用人モードになったてぃーだを先頭に、子豚とひろきも後に続いて三人は成金邸のリビングルームへと歩いて行った。
てぃーだ達の教育係、執事の鈴木は性格は穏やかだが妥協の無い厳しい人だった。
てぃーだと子豚が掃除し終わった窓枠を指でなぞると、まるで小姑の嫁いびりのようにダメ出しをする。
「まだ掃除が行き届いていないようですね……やり直しです」
三回目のダメ出しをされたてぃーだと子豚は、もう勘弁してくれという顔でまたバケツの水を汲みに流しへと歩いていた。
「まったく! 鈴木さんて、顔はニコニコしながらキツイ事ばっかり言うんだから……」
「もうアッタマきた! こうなったら、屋敷中ピッカピカにしてやるわ!」
一方、洗濯を担当していたひろきのもとには鈴木より見上げる程の大量のカーテンとシーツの山が届けられた。
「ひろきさんは、このカーテンとシーツをお願いします。洗濯が終わったらアイロンがけもお願いしますね」
「あたし、洗濯業者じゃないんですけど……」
☆☆☆
「あ~疲れたぁ~! あの人、どれだけコキ使えば気が済むのよ……」
あまりに広い屋敷の為、家事の一つ一つが膨大な量であった。三人はヘトヘトだったが、その中でもたったひとつだけ楽しみな事があった。
「お腹空いたね、コブちゃん」
「それよ、それ! これだけの屋敷なんだから、食事は絶対ゴージャスな筈だわ!」
屋敷の部屋に掛けてある高級壁時計を見れば、時刻はもうすぐ正午になろうとしている。これだけの重労働をさせておいて、まさか昼食も出ないなんて事はないだろう。三人はいったいどんな高級料理が出るのかと期待に胸を膨らませていた。
「きっと松坂牛のステーキとか!」
「フランス料理のフルコースとか!」
「高級ワインが飲み放題とか!」
昼間からワインは無いと思うが……しかし、この成金邸であればそれなりのメニューが提供される可能性はそれ程低くは無い。
そして正午になり、子豚達三人は鈴木に食堂へと案内された。
「皆さんお疲れ様でした。本日の昼食は、御主人様の強い希望がございまして特別メニューをご用意させていただきました」
「特別メニューだって、コブちゃん!」
「やったわ! 辛い仕事も、この瞬間の為に頑張ってきたようなものよ!」
いや、目的は偵察だった筈だが……
やがて、キラキラと光る銀の覆いを被された料理が厳かに運ばれて来た。
「クゥ~! いかにも高級そうな感じ!」
「ティダ、早くそれ開けてよ!」
「コホン……では、
まるでアカデミー賞の最優秀作品賞でも発表する時のような神妙な表情で、てぃーだが銀の蓋の先端を掴む。出来る事なら、ここでドラムロールが欲しい位の緊張の一瞬……
「じゃ――ん!」
「何これ……」
そのメニューの器の横に描かれたロゴは、子豚達の家の近所でもよく見かける馴染み深いものだった。
「牛丼みたいね」
「松坂牛の?」
「吉野家って書いてあるよ」
「吉野家の牛丼ってなんだよぉぉ~!」
その理由を、執事の鈴木が微笑みながら説明する。
「本日の賄いは、御主人様のたまには、庶民的な食事を味わいたいというご希望にお応えして、吉野家の調理人に来てもらい牛丼を作って戴きました」
「いったい何の為に頑張ってきたんだ……」
だから偵察だろ……
☆☆☆
「なにが『たまには庶民的な食事を味わいたい』よ! こんなのしょっちゅう食べてるわよ!」
子豚が泣きそうな声を出した。
「せっかく頑張って洗濯したのに!」
「とりあえず、冷める前に食べましょう」
そうは言っても三人共、散々コキ使われた後で腹が減っていたのは事実だったので黙々と吉野家の牛丼を食べていたが、期待していた分あまりにも落差が大きいこの賄いに段々と腹が立ってきた。
「もう我慢出来ない! 私、ちょっと文句言ってくるわ!」
最初にそう言って立ち上がったのは子豚だった。
「アタシもひとこと言わせてもらうわ!」
「あたしも!」
てぃーだとひろきがそれに続く。
三人は成金邸の厨房に向かって、まるで極道の妻たちのような勢いでずんずんと歩いていった! 厨房の前に立ち、子豚がその開き戸を勢いよく開ける。
「こらあぁぁっ!」
「せめてつゆだく玉子付きにしろぉ~~~!」
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