チャリパイEp5~仔犬を抱いた少女~

夏目 漱一郎

第1話一枚の絵画

「実は、ある一枚の絵画を盗み出して欲しいんです」


 その日森永探偵事務所へとやって来た若い女性の依頼者は、開口一番こんな事を語りだした。彼女の名前は白石楓しらいしかえで 森永探偵事務所の広告に載っていたという謳い文句を見て、この探偵事務所に飛び込んできたのだという。


成程、彼女の依頼を聞く限り既に何軒かの探偵事務所に依頼を断られたであろう事は容易に想像がつく。


「それでのは、この【仔犬を抱いた少女】という絵で……」


「ちょ……ちょっと待って下さい!」


絵の写真を見せて淡々と話しを進めようとする楓を、シチローが慌てて制止する。


「あの……ウチは探偵事務所ですよ……いくら何でもやると言っても、の依頼はちょっと……」


ですよ!」


そう言って依頼者の楓は、この依頼の正当性をシチローに納得させる為に、事のいきさつを話し出した。


「この絵は元々、私達の所有していた絵画だったんです……」



☆☆☆



【仔犬を抱いた少女】……


 この絵画の作者は、故『白石白諸雲しらいしはっくしょん』画伯……日本美術界の重鎮だった人で、風景画を中心にその絵画は数千万円で取引されている程の偉大な画家であった。そしてこの白諸雲……実は楓のお爺さんなのである。


この絵画【仔犬を抱いた少女】のモデルになっている『少女』とは、白諸雲の娘……すなわち、楓の母親であった。


白諸雲の作品はその殆どが風景画で、この人物画はその希少さからとりわけ価値が高く、多くの美術愛好家がこれを買い求めようとした。しかし、白諸雲は断じてこの絵画だけは売る事はなく、ずっと白石家のアトリエの壁に飾られていたのだ。


ところが、老齢になった白諸雲が亡くなって数か月が経ったある日の深夜……

白石家のアトリエから、この【仔犬を抱いた少女】が何者かによって盗まれてしまった。


白石家のアトリエに忍び込み、この絵画を盗んだ犯人が誰なのか……楓には、その人物に心当たりがあった。それは、楓が白諸雲の孫だからこそ知り得た事実なのだが、白諸雲の生前から異常なまでにこの絵を切望し、執拗に白諸雲に絵画の譲渡を迫っていたひとりの男がいたのだ。


 その男の名は成田金蔵なりたきんぞう……

美術コレクターというよりは、むしろとでも言った方が相応しい。金の亡者である彼は、金になる事ならなんでもやる男で、成田にとって絵画の美術的な素晴らしさなどどうでもよかった。


風景画ばかりを描いていた白諸雲が、唯一描いた人物画である【仔犬を抱いた少女】……持っていれば必ず値が急騰する筈だと考えた成田は、これをどんな事をしても手に入れようとしていた。



☆☆☆



 楓の話を一通り聞いたシチローは、顎に手を当ててふぅっと一つ大きな溜息をついた。確かに楓のいう事は分かるのだが、なにしろたった一人の話をそのまま鵜呑みにするのは危険極まりない。


その話の内容を信頼できる一定のレベルまで引き上げるには、いくつかの反論や疑問をぶつけて精査するべき……というのがシチローの持論だった。


「なるほど……しかし楓さん。それだけでは、成田がその絵画を盗んだというにはならないんじゃないかな……」


シチローは、まず一番疑問に思っていた事を楓にぶつけた。すると、楓はそのシチローの疑問にこんな回答を用意していた。


「今現在、成田がが何よりの証拠です! しかも、その入手ルートといえば……」


楓は悔しそうな表情で俯き、吐き捨てるようにその後を続けた。その内容はこうだ……


 白石家のアトリエから盗まれた【仔犬を抱いた少女】は、翌日すぐに成田の息のかかったオークションに出展され、それは成田自らによって落札された。


「自作自演、完全なね……」


「盗んだのではなく、という形をとった訳か」


シチローとてぃーだが顔を見合わせて頷く。完全に計画的で悪質な犯行である。


「亡くなった祖父の為にも、あの絵をお金儲けの道具なんかにはしたくないんです!

森永探偵事務所の皆さん、どうかあの絵を成田の手から取り戻して下さい!」


楓の、涙ながらの嘆願にチャリパイの子豚とひろきはすっかりやる気になっていた。


「楓ちゃん、任せなさい! 私たちがその絵を取り戻してあげるから!」


「そうだよ、楓ちゃん! あたし達にまかせてよ!」


二人して楓の手を握ると、まるで選挙の候補者を応援する支持者のような熱量で依頼の遂行を約束していた。その様子を見て慌てたのはシチローである。


「ちょっと! まだやるって決めた訳じゃ……」


「何よ、シチロー引き受けないつもりなの!」


「楓ちゃんが可哀想じゃないの!」


 今度はシチローの周りを取り囲んで猛然と抗議を始める子豚とひろき。その様子は国会を取り囲みデモを始める市民団体のようである……そんな三人の様子を見て、クスリと笑ったてぃーだがシチローに助け舟を出した。


「でも、どうせ最後は引き受けるんでしょ? シチロー……」


「ハイ……」





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