夜の道にて

杜撰肋

第1話 

<10月16日>

 季節は、鬱陶しい灼熱地獄を終えて、樹々は色づき、久しく感じなかった肌寒さを感じるようになってきた。


 高校2年生の夏を終え、高校生3大イベントの1つと他称される文化祭は、自分と何も関連性を持たないまま通り過ぎて行った。

――あと2つは体育祭と修学旅行、体育祭は5月中旬に。

修学旅行は11月下旬に。――

 残されたイベントは幾数個あるが、関係性がない為、俺は眼前に差し迫る”将来”を考えなくてはいけなかった。


 我が小石高校では、理系文系選択を2年の終わりで行い、それに基づいてクラス分けをして、卒業まで過ごす。

 正直、興味のある分野など無い自分にとっては、憂鬱迂愚ゆううつうぐなものにカテゴライズされる。友達もろくに出来ず、馬鹿騒ぎする気も起きず、残り1年を惰性で過ごすと予見できていたからだ。


 日も暮れかかり、窓際の自席から校庭のサッカー部のセンタリング練習を頬杖つき、眺めていた。

 未だ提出できていない、机の奥にあった進路希調査票を机上に拡げてペンを回す。

 自発的に行動するサッカー部員は、自分と一線を画すどころか、多次元にいるようにも思えた。

 変わる訳でもなく、変わろうともしない。光陰矢の如く、1日ないしは1年、

2年、……、一生は過ぎて行くようにも思えた。

 こうして今日も惰性で生きていく。


「栗林!」

「!!」

 コイツに話掛けられるの何か月、いや何年振りだろうか

「あんた、未だ《まだ》進路希望出してなかったの!?それと修学旅行の行動計画表も未だ《まだ》出せてないけど。マリにどんだけ迷惑かけてるか分かってる?」

 紺色を基調にしたブレザーを揺らし、ほかの女子と異なり、スカートの裾を折り曲げず、標準通りの制服を着て優等生ぶりを振り回す。

「進路希望は今書いてるし、行動計画表は班の奴に任してる。俺がやるのは、コレだけ」

 調査表の紙をわざとらしく音をたてて、ペラっと捲りあげる。


「はぁー。ホント相変わらず他力本願ねー。まぁ、良いわー。進路希望は明日あしたまでに出すこと」

 何故コイツにここまで指図されなきゃいけないのか?締め切りから1週間経っているので、客観的に直ぐ出すべきなのは確かだが。


 コイツは幼馴染という物体『楓美月かえで みつき

黒髪ボブで、キツイ目をしており相手(主に俺)を威嚇する。背丈は男子ほどあり、感覚165cmくらいはありそうだ。苦手というか不快感を帯びている、彼方もそうだと思うが。

 親同士は仲が良いが、子供同士は全くと言って良いほど話さない。

 が、マリ?さんと仲が良いのか、友達関係になると話しかけてくる。


 まあまとめると、嫌で腐れ縁な隣人という事だ。


「そもそも、マリさんって誰だ」

 それを口にすると、

「はぁーー!信じらんない……

中学も1,2年生の時、アンタと同じクラスで今年も学級委員長で剣道部新部長よ。

中学ん頃には全国行ってんのよ。

プラス修学旅行委員」

楓は、鋭い目つきで睨みつけて、イラつきを口に伝播させた。


「大変そうだな、全部ひとりで」


 瞬間、あり得ないくらいの罵詈雑言が教室中に痛々しく響いた。教室にはだ、俺たち以外に人が居るというのに、うるさく甲高い声で周囲の鼓膜を破壊する。

「もしかしてっと思ってたけど、アンタさいてぇぇえ。マリに嘘つかしてまでサボるとか」

「……っ待て、なにが」

「アンタも修学旅行委員でしょ!!!!!!」


 楓が颯爽と教室を去った後、

「パワフル痴話喧嘩ご苦労なことで」と隣席の男友達、木内にフォローを入れられた。

「痴話喧嘩であるもんか、一方的な暴力だ」

「喧嘩するほど、仲が良いってやつだよ」

「じゃあ、戦争してる国同士は仲が良いってことか?」と皮肉と恨みをぶつける。

「いやな奴だなー、じゃあ俺部活行くから」とコチラの感情をいい感じにスルーして、教室を出て行った。



***


翌日<10月17日>


 朝1番、担任の前岡に平謝りしながら、進路希望を提出する。前岡は毎日似たようなオフィスカジュアルを着ていた

 一週間締め切りから遅れた紙は、机の奥にあった為か、クシャ付き、内容と字の汚さに呼応して、より一層の醜さをかもち出していた。


 前岡は、肩ぐらいまである、少し茶色がかった髪を触りながら話を始めた。

「これで最終稿?」

「はい、だいじょぶです」


 少し間をおいて一瞥する。右足を上にして足を組む。

「まあっ、アンタぐらいの歳で進路決めるのなんて、難しいでしょ」

 少し返答に困ったが、「そうですね」と返す。

「また、アンタに来年数学教えんのかぁ」

「僕は、先生の授業好きですよ」

 目を少し細め、鼻で笑う。

「くらだん、おべっかはよしな。

 毎授業、退屈そうに窓際から外ながめてんじゃない」

「……僕は、あの授業態度がデフォですよ。」

 本題に舵を切るように、

「話変わりますけど、僕って修学旅行委員か何かですか?」

「あーー。私が選んだんだ。みんな、やりたく無さそうだったし。佐藤ぐらいしか手ぇ挙げなかったし。あと1人選ぶの時間かかりそうだったから、寝てたアンタを選んだ訳。黒板に書いてたじゃん」

 最後ドヤ顔を浮かべ、満足そうな顔をして話終える。

「あ……、さいですか。分かりました」

 汚い言葉が出ないよう、言葉を取り繕うとするが、普段の語彙力から限界に達してしまった。マリ?さんの苗字が佐藤である事が分かった。用が済んだので、教室に戻る。


 前岡はとんでもなくズボラなので、そんなことだろうなと思っていた。テニス部の顧問をやっているが、公式戦に遅刻して、間に合わない事を確信して2度寝を決め込んだり。職員室に教科書を忘れ、取りに行けば良いものの、面倒なので前の生徒に見せてもらったり。そんな感じで枚挙にいとまが無いのでこれ以上深堀するのはやめておく。


 放課後もバイトぐらいしかやる事ないから、一応参加しとくか。

 マリ?さんという人には集まりに出てなかった事、休み時間あやまっておこう。


 この日、マリ?さんは学校に来なかった。風邪らしい。2年間皆勤賞を貫こうとしたらしいが、あと1歩届かなかった。


 一週間の疲れがどっと溜まる木曜日の授業は終わり、さあ帰ろうとした時に職員室の放送で、前岡に呼び出しを喰らった。


「悪いんだけど、今日提出の重要なプリントがあるんだ。佐藤の家に取りに行ってから、学校に持ってきて貰えるか?」

「仲いい奴に頼めばいいじゃないですか?」

「修学旅行委員だから」と強い説得力を持って、ねじ伏せられてしまう。

まあ、佐藤さんに結構迷惑かけてるから行くか。

「わかりました」

「いやー、物分かりがよくて助かる。これ地図だからぁ」とA4の紙を渡される。

  要件を託されたので、職員室を出る。



「栗林!!」

「っ?げ」

 思わず声が出てしまった。学校でコイツが話しかけてくるのは結構珍しいんだ。先日のレアケースに該当する。どうやら、職員室前に待ち伏せしてたらしい。

「何が『っ?げ』っよ。あんたマリのうち行くんでしょ」

「それがぁ」と返すと、楓は睨みつけ、

「あんたが、風邪に苦しんでいるマリの身体に何するか分かんないから。わたしも見舞い行くって言ってんの!」

 まるで意図を察せられなかった俺が悪いかの如く、憤怒と同時に言葉を紡ぐ。

 そして、楓は早歩きで立ち止まっている俺を置いて行った。


 2人して学校の下駄箱まで、10メートル間隔くらいを開けて、歩く。

 下駄箱に着くと朝には、夏から季節が遠ざかったにも関わらず、強い日差しが刺さり、一睡もしなかった体に染みたのだが。放課後には、晴れた空模様は曇り、楓の機嫌を表している様にも思えた。もうそろ、『雨が降るな』とカバンの奥にあるはずの

折り畳み傘の所在を確認する。靴を履き昇降口を出て、校門をでて、左へ右へと向かっていくと10分ぐらいで佐藤さんの家に着いた。

 そのかんも、10メートル間隔はキープされたままだった。

 楓とは学校で、一方的な暴言や侮蔑ぶべつ名誉毀損めいよきそんとも取れる銃弾ことばを放射されて以来は無言のままだったが、正確なナビとしては機能しており、その点は感謝している。佐藤家は2階建ての一軒家だった。


 遅れて佐藤家に着いた俺を待ってたらしく、ちょうど来たタイミングに、楓がチャイムを押す。ピーンポーンとお馴染みの響きが流れると、黒髪でロングヘアの女性が左手でドアを半開きにして下を向きながら、「何か御用ですか」と話す。

 


顔を上げる、

「……ええぇぇえぇー、そうなんですかぁ?」

 楓は、さっきまでの態度が嘘のように、テンションを一気に上げる。

 何がそうなのか、まったく分からない。


 女性は白色のケーブルニットのセーター、下にはジーンズを着ていた。背丈は170ぐらいでモデルのような体型をしていた。顔は端正な顔立ちをしており、美人と可愛いを両立しているようにも思えた。鼻は高すぎもせず、低すぎる事もない。

 女性の顔を見ると心に突き刺さった感覚があった、筆舌に尽くしがたい何かが。マリさんの部屋(階段上って奥の部屋)が紹介されるまで、目が離れなかった。

 その女性は少し出かけると言って、俺らに留守番を任した。


***

 どうやら出迎えてくれた女性は、佐藤マリさんのお姉さん『佐藤麗華れいか』らしく、楓の通っている個別指導塾の先生らしかった。


 麗華れいかさんに招かれて、マリさんの部屋に訪れるとマリさんはマスクをして、上下セットの水色パジャマを着ていた。ベットの上で背筋を少し曲げ、背もたれに寄り掛かりながら、中間テストの勉強のために日本史の教科書を読んでいた。

 マリさんは俺が来ているのに少し驚いているようだった。

 麗華さんと比較すると、身長は160後半といった所。

 マリが茶色がかった黒のロング。

 れいかが透き通った黒のロング。

 うちの高校は、染めるの駄目だからお姉さんが染めているのだろう。


「わたしと同い年の妹がいるって言ってたからさあ。もしかしてっと思ってたけど、佐藤って苗字だからね確信持てなくて」

「そうだね佐藤多すぎるもんね」

「お姉さんって大学何年生だったけ」

「一応、2年生。休学してたんだって、姉さんは体あんまり強くなくて」

「そうなんだぁ」

 世間話を終え、楓が風邪の調子はどうかと聞く。

「うん、熱下がってるし。あとは咳だけなんで。2人に移しちゃうと悪いから……」

「あー、だいじょぶだいじょぶ。ここには馬鹿しかいないから。特にコイツなんて」

 庇うのは否定しないし、すべきことだとは思うが、何故にコイツは誰かを庇うのに俺すらも否定するんだろうか。

「果物持ってきたから、あとで食べよう!」

「うん!『後で』で良いけど、今日のノート撮らして」

「良いよ」


 俺は会話の世界から外れると、暇をつぶす為に部屋を見渡す。

 今になって『女子の部屋って初めて入るな』と思った。よくアニメに出てくる女子の部屋のように、ピンクで埋め尽くされたファンシーな部屋という訳ではなく、白を基調にしたシンプルな部屋――中央に脚の低い木製テーブル、テーブルの下にはクッション、出入り口側の壁には本棚と学習机、出入り口と向かい壁にはベッド――には紅2点、ベッドにいる大きなクマのぬいぐるみと、ベッドの左横に貼ってあるファンダイクのポスター。

 ファンダイク!? 

 サラーとかじゃなくて、ファンダイク!?

 いや良い選手だし、日本人と同じチームの時も多いけど。サッカー少年か何かか?確か、剣道部だったよな?


 会話の渦から完全に抜けていて、『コイツ、何しに来たんだ』と思われるのはしゃくなので、コチラから話を振ってみる。

「リバプールすきなの?」

 マリさんは少しだけ驚き、目を見開き、顔を紅潮させて「うん」と答えた。

「家族のだれか好きなの?」と聞くと、「そういう訳ではないけどー」とハッキリしない答えが返ってきた。

 会話に参加せず傍観していた、俺と向かい側の位置、マイさんのベッド側に座っている楓が、イタズラな笑みで何かをボソッと呟く。すると、見るからにマイさんの顔が茹で上がった様に真っ赤になっていく。その様子を楓がニヤニヤ笑っている。


 話を換えるように、珍しくマリさんが話を切り出す。

「なんで、栗林くん、高校ではサッカー部入らなかったんですか?」と顔の赤みが徐々に取れ出し始めたマリさんが質問する。

 珍しく楓が、ばつを悪そうな顔して下を向く。

「それは……。飽きちゃったからかな」


 今になってを思い出す。


 俺はマリさんに、前岡から仰せつかった、プリント提出について話すと直ぐにプリントをもらえた。足早に用件を済まそうとして学校へ向かおうと席を外すが、何故か楓に外で待ってるように命令された。

 

 玄関のドアを開けて、空模様を確認する。

 

 曇り空だった空は、さっきの物寂しそうだった楓の機嫌と呼応して雨をふらしていた。冷えた外で律義に命令を守っていた。5分くらいして、楓は玄関のドアを開け、門扉を開け、外に出てくる。傘でも借りたのだろうか。


 冷たい雨は非情にも降り注ぎ、行きとは違い、横に2人揃って歩いていく。


「あの娘、知らなかったのよ。アンタがなんでサッカー辞めたか」

「いや、どうでも良いことだよ」

 本当は少しちくっときたが、言わないことにした。

「ほんとうに悪気ないのよ。許してやって……」

「なんで、お前が謝るんだよ」

「いや、特に理由はないけど。……脚が」

 いつもの尖った態度は抑え目になっていた。妙に神妙で停滞した空気を感じたので。



 いや違う、話を続けさせない為に話の腰を折るように。

「どうせ、いつものお前の方が1億倍くらい酷いこと言ってるから、お前が気にするような話じゃないよ」と慣れない、人を庇うようなジョークでさえぎった。

「なによ、それ……」とやっぱり、いつもと違うテンションで楓は話をやめた。





 


 

 

 

 





















 






 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜の道にて 杜撰肋 @ZusanAbara

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ