第44話 最後のコスプレ


 美咲家の前で、しばらく航太を待っていたが全然出て来ない。

 仕方ないからチャイムを鳴らしたら、扉越しに彼の声だけが返ってきた。


『おっさん……悪いけど、家で待っていて!』


 なにやら、慌てているようだ。

 クリスマス・パーティーをするから、料理でも用意しているのだろうか?

 しかし、料理が上手な航太でもそんな素早くできるわけないよな。


 とりあえず、彼に言われた通り、俺は自宅へ戻ることにした。

 

  ※


 航太が来る前に、万年床の布団を畳んで押し入れへなおす。

 今からパーティーをするんだ。掃除機でもかけておくか……。

 久しぶりに掃除機の電源をつけると、何やら音が変だ。壊れたのかな。

 と、柄にもないことをしていたら、玄関からチャイムが鳴る。


 慌てて玄関に向かい、扉を開けると。そこにはひとりの少年が立っていた。

 仮装した姿で……。クリスマス・パーティーを始めるからか?

 いや、この格好は聖夜にふさわしくない。


「お、おっさん……。この前、見られなかったでしょ? だから今日着てみたんだ」


 と俯いたまま、ぼそぼそと呟く航太。

 彼が恥じらうのも仕方がない。


 ずいぶん前に担当編集の高砂たかさごさんが、資料用にと俺へ送ってくれたコスプレの一つ。

 女子中学生の体操服とブルマだ。

 前回、航太が着てくれたけど、元カノの未来と出くわして、ちゃんと見られなかった。

 気を使ってくれたのか?


「航太……お前、その格好」

「あ、あれだよ! せっかく編集部の人が送ってくれたのに、着ないのはもったいないじゃん!?」

「でも、俺の家でパーティーするとはいえ、寒くないのか?」


 そう言って、彼の太ももを指差す。

 彼が履いているのは、古いタイプのブルマだ。

 ハイカットで下着に近い。

 自ずと、小麦色に焼けた太ももが露わになってしまう。

 トップスの体操服も半袖だし……。

 

「だ、大丈夫だよ! ちゃんと考えてハイソックスを履いてるし!」

 

 彼に言われるまで、気がつかなかった。

 そうだ。編集の高砂さんが送ってきた時、体操服に靴下はついてなかった。

 航太が自分で用意したのか。


 確かに白いソックスで、膝まで肌を隠せてはいるが。

 12月も終わりに近づいている。

 やせ我慢だろう。その証拠に、彼の二の腕から鳥肌が浮かび上がる。


「わかったよ。とりあえず、家に入れ。パーティーを始めよう」

「うん……」


 なんか今日はやけに素直だな。


  ※


 航太を自宅に招き入れたところで、パーティーを開始しようと思ったが。

 きれい好きな彼は、俺の部屋を見た瞬間、顔を歪めて「汚い」とダメ出しを始める。

 部屋に、ほったらかしにしていた掃除機を手に取ると、そのままお掃除タイムに入ってしまう。


「おっさんは、ちょっとこの部屋から出ててよ!」

「は? なんでだよ?」

「邪魔なの! それにクリスマス用に部屋を飾りつけした方がいいじゃん!」

「……」


 正直、そんなものはどうでもいいだろ、と言いたかった。

 しかしここは黙って彼に、従うことにした。

 部屋から離れてキッチンの奥へ向かい、タバコを取り出す。

 換気扇を回すと、咥えたタバコに火を点ける。


「ふぅ……」


 口から煙を吐き出しながら、一生懸命、掃除機をかける航太の姿を眺める。

 おかしな気分だ。

 男とは言え、体操服にブルマ姿の中学生が、俺みたいなアラサーの家でクリスマス・イヴを過ごすことになるとは。


 ~20分後~


 掃除が終わったと思ったら、お次は飾りつけを始めた。

 妹の葵が買ってきた物もあるが、航太が亡くなったおばあちゃんと、二人で作った飾りが残っていたらしい。

 それらを交互に部屋の壁に飾りたいと言うので、俺は押し入れからパイプイスを取り出す。

 背の低い彼では、手が届かないからだ。


 まあ、このパイプイスも元々は、こんな脚立代わりに買ったわけではない。

 元カノの未来が、たまに俺の髪を切ってくれる時に使っていたものだ。

 今では使うことがなくなったけど……。



「う~ん、いまいちかな……」


 とパイプイスの上に立って、首をひねる航太。

 飾りつけの位置が気に入らないようだ。

 俺は下から彼の後ろ姿を眺めている。


 当然、紺色のブルマ……彼のヒップがどうしても、目線に入ってしまう。

 クリスマスだってのに、俺たちは一体なにをしているんだ?

 でも見惚れてしまうのも事実なんだよな。


「おっさん」

「え?」

「オレが持って来た袋の中にさ、星の飾りがあるんだ。取ってくれない?」

「ああ……」


 航太が持って来たトートバッグを手に取る。

 どうやら、これも手作りの物みたいだ。

 バッグを開いて中を確認すると、フェルトで作られた星がたくさん入っている。


「おい、航太」

「え? なに?」

「この中、星だらけだ。どの色を使うんだ?」

「もう! クリスマスなんだから黄色に決まってんじゃん!」


 そう言うと航太は、強引に俺からトートバッグを掴もうとする……が。

 思ったより彼の手は短く、バッグまで届かず。

 態勢を崩してしまう。


「「あ!」」


 お互いに叫んだときには、もう遅かった。

 航太は椅子から足をすべらせて、宙を舞っている。

 咄嗟に俺は両手を差し出す。


 すると、俺の腕の中にひとりの少年が抱えられていた。

 偶然とはいえ、お姫様抱っこをしてしまった。


「ご、ごめん……おっさん」

「いや、いいさ」

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