第45話 パーティータイム


 ちょっとしたハプニングもあったが、どうにか準備は完了した。

 いつも使っている、ちゃぶ台の上にはオードブルとローストチキンを置いて。

 俺と航太はクラッカーを手に持ち、お互いの顔を見て頷く。


「「せーのっ! メリークリスマス!」」


 パン! という破裂音と共に、色とりどりのテープが部屋の畳に散らばる。

 あとで掃除するのが面倒だが……航太の横顔を見れば、どうでも良いか。


「うわぁ……すごい。オレ、こういうの久しぶりに見たかもしれない」


 と大きなブラウンの瞳を輝かせる。

 

「そうなのか? 綾さんとは祝ったりしないのか?」

「うん、ないよ」

「でも……クリスマスが無くても、誕生日とか祝うだろ?」

「え? ばーちゃんが死んでからは無いかな?」

「……」


 俺が思ってた以上に興味がないんだな、綾さんは。

 実の息子なのに……。

 あまりにかわいそうだったので、俺は航太の頭を撫でながら、こう言った。


「じゃあ、今日はとことん俺の家で遊んでいけ! なんなら、航太の誕生日も今度パーティーしよう!」


 すると彼は大きな瞳を丸くする。


「本当!? じゃ、じゃあ今夜は泊まってもいいかな? 母ちゃん、家にいないんだ」

「綾さんに許可を取れたら、全然いいぞ」

「やったぁ!」


 ~30分後~


 航太が温め直してくれた、ローストチキンを二人して仲良く食べる。

 福岡のローカルテレビ番組を観ながら、クリスマス気分を味わう。

 博多はかた天神てんじんのイルミネーションを中継しているからだ。


「おっさん、こういうところ。行ったことある?」

「ん? ああ……最近は行ってないな。昔、学生時代ならあるけど」


 学生時代という言葉で、ローストチキンを持つ航太の右手がピクッと震えた。

 また元カノの未来みくるを、想像したのだろう。

 しかし、あいつはもう東京だ。


「そ、そっか……いいな。オレ、行ったことないから」


 と寂しそうな顔をして、テレビの中の夜景を眺める。

 ひとりだけ、仲間外れをされた子供のようだ。


「じゃあ、来年行くか?」

「え?」

「俺でいいなら、連れて行ってもいいぞ」

「ほ、本当に? でも……来年、オレと母ちゃん。まだこのアパートにいられるかな?」

「あぁ……」


 そう言えば、忘れていたな。

 航太たちがここ、”藤の丸ふじのまる”に引っ越してきた理由を。

 母親の綾さんの男癖が悪いから、トラブルが多くて、何度も引っ越していたんだっけ。


 

「ま、まあ、航太が引っ越したとしても、俺が迎えにいくさ」


 彼を元気づけるために、気休めの嘘でもついておく。


「おっさんが? でも、母ちゃんてさ。今までに一年間で3回以上、引っ越したことあるんだぜ?」

「関係ないさ、必ず俺が迎えにいくよ。どうせ引っ越すと言っても福岡市内だろ?」

「う、うん!」

「じゃあ、大丈夫さ」


  ※


 ローストチキンとオードブルを平らげたところで、冷蔵庫で冷やしておいたケーキとシャンメリーをちゃぶ台の上に置く。

 俺は包丁なんて扱えないから、ケーキのカットは航太に任せる。

 その間、グラスにシャンメリーを注いで待つことにした。


「はい、おっさんの分」

「悪いな」

 

 航太からカットしたケーキを受け取ると、俺も彼にグラスを渡す。


「なにこれ?」

「あ、それはな。妹のあおいが実家から持って来たシャンメリーだ」

「お酒じゃないの?」

「大丈夫だ。子供でも飲めるジュースみたいなもんさ、炭酸は入ってるけどな」


 俺がそう説明すると、航太は嬉しそうにグラスを受け取る。


「ヘヘ、じゃあ。オレでもシャンパンぽく飲めるね」

「まあな……でも、飲み過ぎたらトイレが近くなるぞ?」

「いいじゃん! そんなの!」


 顔を真っ赤にして怒っているが、どこか嬉しそうだ。

 俺はそんな彼を見て、苦笑しながらグラスを掲げる。


「乾杯するか?」

「うん!」

 

 航太もグラスを掲げると、互いのグラスを打ち付けて、音を鳴らす。


 何も考えず、口元にグラスを運ぼうとしたその瞬間だった。

 中に入っている液体から、独特な香りに気がつく。

 この香り……アルコールじゃないか?


 ちゃぶ台の上に置いてある、シャンメリーの瓶を手に持ち、ラベルを確認する。


『スパークリングワイン アルコール12%』


 それに気がついた俺は、思わず大量の唾を吹き出してしまう。


「ぶふーーーっ!」


 葵のやつ。間違えて実家から、親父のシャンパンを持って来たな。


 恐る恐る航太の方へ視線を向けると……。


「あははは! おっさん、汚いよっ!」


 顔を真っ赤にして、大笑いしている。

 ヤバい……未成年にお酒を飲ませちゃったよ。

 母親の綾さんに、なんて言おう?


 あ、でも、今晩は家に泊るんだったな。

 一晩あれば、お酒は抜けるだろう。

 ここは様子見でいいかな?


「おっさんも、一緒に飲もうよ! まだまだこのジュースあるんだからさ、ひっく!」


 気がつくとボトルの半分以上を飲み干していた。

 これはもう、完全に出来上がっているな。

 酒癖の悪さは母親似か。


「あぁ~ なんかこの部屋って暑くない?」

「え?」

「もう、脱いじゃう!」

「なっ!?」


 今晩、この家に彼を泊めても大丈夫だろうか?

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