第九章 クリスマスパーティー

第43話 誘ってみよう


 元カノの未来に、今書いているエロマンガのモデルの正体がバレてしまった……。

 しかし、もう彼女を気にする必要はないだろう。

 悲しい別れ方だったけど、あれぐらい強く突き放した方が、あいつのためにもなる。

 俺みたいな貧乏作家を、東京へ一緒に連れて行くぐらいなら……。


 まあ、それは言い訳であって。本当は航太との時間が大切だからだと思う。

 今、この胸に抱いている気持ちが、恋愛感情かは分からない。

 それでも、あの子が俺にとって、大事な存在になっていることは確かだ。



「……」


 無我夢中でキーボードを打つこと、数時間。

 真っ白な原稿は、どんどん黒い文字で埋まっていく。

 あくまで作品の中だが、未成年の少女がアラサーのおっさんと激しく愛し合う。

 部屋に飾っていた、クリスマスツリーが倒れるほど……。


「う~ん」

 

 年の瀬だからと、ヒロインにミニスカサンタのコスプレを着せてみたが。

 なんか、現実感が薄いような……。

 ここはシンプルに塾帰りという設定にして、セーラー服を着せてみるか。

 と顎に手をやり、考え込む。


 すると、玄関からチャイムの音が鳴った。

 部屋にかけている時計を確認すると、夕方の5時。

 航太が学校から帰ってきたのか。


 急いで玄関へ向かい、扉を勢いよく開いて見る。


「あ、翔くん! 久しぶりだね」


 そこに立っていたのは、本物のセーラー服を着た女子高生。

 

「なんだ……あおいか」


 深いため息をつくと、葵が顔を真っ赤にさせる。


「ねぇ! なんか毎回、私に対して酷くない!?」

「別に……」


 最近、航太以外だとダメだな。

 

  ※

 

 葵がここへ来た理由は、両手に持っていたスーパーのビニール袋にあった。

 中には、クリスマス向けのオードブルやローストチキン、それにケーキまでたくさん入っている。


「今夜はクリスマス・イヴじゃん? だけど翔くん、ぼっちでさびしいかと思って」

「大きなお世話だよ」

「だって、未来さんはもう東京でしょ?」

「お前、なぜその話を……」


 俺が戸惑っていると、意地の悪い顔をして舌を出す。

 

「女同士はその辺、ネットワークがあるんですぅ~」

「くっ……」


 こいつが弟だったら、ゲンコツの一発ぐらい食らわしてやりたいところだが。


「まあ、終わったことは置いといて……。翔くん、どうせ一人ならパーティーしようよ」

「え?」

「そうそう。色々と揃えてきたんだよ? 三角帽子と小さなツリーでしょ。あとね、家から……」


 葵のやつが勝手に話を進めるので、俺は慌てて止めに入る。


「お、おい! なんでそんなことを俺が、お前とやるんだよ?」


 しかし、その問いかけに葵は、首をかしげる。


「へ? 何を言ってんの? 私はこれを渡したらすぐに帰るよ。お友達とイルミネーションを見る約束があるし」

「じゃあ、誰とパーティーするんだ?」

「決まってるじゃん。お隣りの男の子」

「なっ!?」


 用意したパーティーグッズを玄関におくと、葵は背を向けてしまう。


「それじゃ、お二人で楽しんでねぇ~」


 そう言うと、足早にアパートの階段を降りていく。

 こちらが拒む隙を与えず、用事が済んだらさっさと消えてしまった。


 マジで航太と聖夜を過ごすのか……。

 

  ※


 よく考えると、中学生の航太はもう冬休みに入っていた。

 そのせいか、彼が最近アパートの廊下に座っていることも少ない。

 でも、母親の綾さんが、お水系の仕事に向かっている姿は何回も目撃している。


 ならば、男を自宅に招き入れるので。

 息子の航太は嫌がって、アパートの廊下に逃げるはずだが……。


 とりあえず、お隣りの美咲みさき家に向かってみる。

 このアパートは壁も薄いが、扉も隙間があるため、家の中から生活音が漏れてくる。

 綾さんはいないようだ。

 あの人がいたら、いつも男との笑い声が聞こえてくるから。

 

 美咲家のチャイムを鳴らしてみると、すぐに扉が開いた。


「はぁ~い。あ、おっさん……」

 

 白いタートルネックのセーターを着た航太が、ひとりで玄関に出てきた。

 下半身は相変わらず、デニムのショートパンツか。

 中に黒のタイツを履いてはいるが、寒そうだ。

 

「お、おう。航太、今ひとりか?」

「え? うん、母ちゃんは仕事だから店に行ってるよ。どうして?」


 ブラウンの大きな瞳で、こちらを見つめる。

 久しぶりに見たが、その目力は健在だ。

 今にも吸い込まれそう……。


「さっき、妹の葵が来てさ。クリスマスだから、俺ん家でパーティーしないかって」


 俺がそう言うと、航太は瞳を輝かせる。


「本当に!? 葵さんも一緒にお祝いすんの!?」

「いやぁ……あいつは、友達とイルミネーションを楽しむそうだ。だから俺と二人だけ、それでも良いか?」

「おっさんと?」


 目を丸くする航太。

 やっぱり、男ふたりでクリスマス・パーティーなんて嫌だよな。


「ああ、別に嫌なら断っていいぞ」

「ち、違うって! いきなりだからビックリしたの……ていうか、パーティーするならちょっと待っててよ!」


 そう言うと慌てて、自宅に戻っていった航太。

 何か準備でもしたいのかな?

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