第40話 過去の清算


「じゃあ、翔ちゃんは”いつもの”で、いいんだよね?」


 とウインクをする、マスター。

 いつものとは、ナポリタン大盛りと、食後にコーヒーということだ。


「私は、どうしようかなぁ……」


 綾さんはメニュー表を開いて、迷っている。

 それに対して、隣りで座っている航太は腕を組んで、まぶたを閉じていた。

 不機嫌そうだな……。一体、どうしたんだ?


「航太、お前はどうするんだ?」


 俺がそう問いかけると、片方のまぶただけを開く。

 

「おっさんこそ、”いつもの”って何を頼んだの?」

「え? ああ、俺はナポリタンの大盛りさ」

「そ、そう……あの、じゃあオレも同じやつをお願いします」


 なんだ? 俺と同じものを頼みたかったけど、分からなくて怒っていたのか。


 マスターが航太の注文を聞いて、目を丸くする。


「坊や、大丈夫かい? うちの大盛りは大学生向けにしてあるよ?」

「だ、大丈夫だよ! オレだって男だし、中学生だぜ!」

「はははっ! そうかそうか、じゃあたくさん入れてあげようね」

「え……」


 航太の虚勢が裏目に出たな。

 まあ、頑張ってもらうしかないだろう。

 しかし、母親の綾さんは、未だにメニュー表を見て迷っている。


「う~ん。ドリアも良いけど、グラタンも捨てがたいわぁ~ 黒崎さん、どれがおすすめですか?」

「ああ……カレードリアでいいんじゃないですか?」


 正直、綾さんのメニューを考えるのは面倒だった。


「じゃあ、私はそれを一つお願いします。あとは……デザートね」

「……」


 このあと、デザートが決まるまで20分ぐらいかかった。


  ※


「おいしぃ~!」

「あ、本当だ」


 どうやら、美咲親子もこの店が気に入ったようだ。

 腹が減っていた俺は、既に食べ終わって、タバコを楽しんでいる。

 吸いながら、目の前にいる綾さんと航太を眺めていると、変な錯覚を覚えてしまう。


 傍から見れば……俺たち三人は親子に見えるかもしれないなと。


 そんなことをひとりで考えていると、ジーパンのポケットに入れていたスマホのベルが鳴り始める。

 ひょっとして編集部の高砂さんかな? と思って、画面を確かめると……。

 かけてきた相手は、元カノの未来みくるだった。


 焦った俺は、思わず指からタバコを落としてしまう。

 それに気がついた航太が、フォークの動きを止める。


「どうしたの? おっさん」

「あ、いや……ちょっと、仕事先の相手がな」

「ふ~ん、それより落としたタバコ。ちゃんと拾いなよ、火事になるぜ?」

「悪い」


 地面に落としたタバコを拾って、灰皿にこすりつける。

 綾さんに「仕事の電話」だと嘘を言って、店の外へ出る。

 店の駐車場に出たところで、一旦深呼吸をしておく。


「もしもし?」

『あ、翔ちゃん……この前はごめんね』


 久しぶりに聞いた未来の声は、弱々しく聞こえた。


「おお……俺こそ、悪かったな。色々と」

『ううん。翔ちゃんは何も悪くないよ……ところで、また会えないかな?』

「え!?」

『ダメなら、やめるけど……』


 正直、今はあまり会いたくない。

 ついこの前、未来といるところを航太に見られて、あんなことになってしまった。

 でも……彼に見られないところなら良いかな。

 

 例えば、ここからかなり遠い場所。

 繁華街の博多はかた駅とか、天神てんじんぐらい。


「わかった。いいよ、いつ会う?」

『ありがと……。翔ちゃん、悪いんだけど。近所のコンビニまで来てくれる?』

「は?」

『実は、もう”藤の丸ふじのまる”に来てるんだよね』


 未来の言う近所のコンビニとは、俺がいつも酒やつまみを買う時に利用するお店だ。

 しかし、彼女が待ち合わせ場所にしているコンビニは、今いる喫茶店”ライム”の目の前にある。

 お互いに気がついてないだけで、目と鼻の先で通話していた。


  ※


 コンビニの駐車場に立って、スマホを持っている彼女を見つけた俺は、電話でこちらへ来るように促す。

 喫茶店の窓から店内を確認したが、今綾さんと航太は食後のデザートを楽しんでいる。

 ちょうど店からは壁で死角になっているから、ここで話す方が良いと思った。


「ごめん……また急に来て、翔ちゃん」

「まあ、いいさ。ところで今日の用はなんだ?」


 今日の彼女は前回と違い、ひと回り小さく感じる。

 化粧もしてないし、着ている服も色々とコーディネートを間違えているような……。

 なんだか、学生時代の未来を見ているようだ。


「あ、あのね……この前の人。綾さんだっけ? 本当なの?」


 目に涙を浮かべて、必死にこちらを見つめる。


「おい、綾さんは違うって言ったろ? あの人はただのお隣りさんだ」

「じゃあ……なんでさっき、あの人と一緒に仲良く話していたの?」

「な、何を言って……」


 まだ話している途中で、未来が大声を叫んで遮る。

 

「私、見てたもん! マスターと、あの人と翔ちゃんが楽しそうに話しているところを!」


 そう言って、窓から店内を指差す。その方向には、嬉しそうに笑う綾さんと航太が座っていた。


「未来、お前……見ていたのか?」

 

 参ったな……、どうしよう。

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