第35話 これを使う?
綾さんから、航太の状態を聞くと……。
現在、40度近い高熱でうなされているらしい。
しかし、飲み薬が苦手な航太は、自然治癒を望んでいる。
何度言っても聞かないので、母親の綾さんは仕事に出かけるそうだ。
高熱の息子を放置するなんて……。
まあ俺が言える身分じゃないけど。
綾さんがアパートの階段から降りようとした瞬間、手すりを掴んで立ち止まる。
「あ、黒崎さん。良かったら、家で航太の面倒を見てくれませんか?」
「え……俺がですか?」
「はい、航太は黒崎さんに懐いてますし。安心してお任せできるかなぁって」
と悪びれる様子もなく、にこりと微笑む。
この人、本当に我が子への関心がないんだな。
航太の発熱は、俺とのコスプレが原因みたいものだけど。
「別にいいですけど……俺、何もできないっすよ?」
「あの子のお世話なんて、大したことないですってば~」
そう言うと、鼻歌交じりで階段を降りていった。
お仕事と言ってたが、本当は男と遊ぶのが目的だろうな。
航太がかわいそう……。
※
”
ちょっと緊張してきた……いつもは、航太が俺の家に来てくれるけど。
俺からこの家へ訪問したことは無い。
一体、どんな生活をしているのだろう……と思っていたら、扉の向こうからうめき声が聞こえてきた。
きっと航太だろう。
ゆっくりドアノブを回してみたら、すぐに扉が開いてしまった。
鍵をかけてないのか……不用心だな。
当然なのだが、玄関に入って見ると、俺ん家とまったく同じ間取りだった。
まあ違うところと言えば、匂いかな。
甘ったるい香りが漂っている。きっと母親の綾さんの香水だろう。
あと、床になにも物が置かれていない。ピカピカに磨き上げている。
ダイニングキッチンを通り過ぎると、和室が目に入る。
左手に小さなテレビ、右手の壁側にシングルベッドが置かれていた。
枕が二つ並んでいる……。まさか綾さん、航太と一緒に寝ているのか!?
そんなことを想像していたら、腹が立ってきた。右手に拳を作ってしまうほど。
「うう……」
しかし、航太のうめき声で、そんな苛立ちはかき消される。
必死にかけ布団で身体を包み、小さな身体を震わせていた。
額に”熱さまシート”をつけているが、効果はないようだ。
「航太! 大丈夫か?」
すぐさま、ベッドにかけつけて彼の右手を掴む。
触っただけで分かる、高熱だ。
俺の声に気がついた彼が、うっすらと瞼を開いてみせる。
「お、おっさん……どうして」
「それは……綾さんから頼まれたからだ。俺がいるから心配するな」
「なにも出来ないくせに……」
強がってはいるが、かなり苦しそうだ。
息づかいが荒いし顔色も悪い。
「そうだけど……この前のこと、気になってたし……」
元カノの未来を家に入れたこと。
それを航太に見られたから、ずっと罪悪感を感じていた。
傷つけたんじゃないかって……。
あれ? なぜ俺がそんなことを考えないといけないんだ?
「へへ、おっさん。やっぱりコスプレは、オレの方が良いんだろ?」
といじわるそうに笑う、航太。
高熱のくせして……。
「ま、まあ……コスプレの件は体型的にも、お前ぐらいしか任せられない。未来、元カノじゃ無理だ」
「だよな~ おっさんもあんな豚女のことなんて……あいたっ!」
突然、頭を手で押さえて顔を歪める。
頭痛が酷いようだ。
彼のために、何かをしてあげたいが、俺じゃやり方がわからない。
精々が氷枕……いや、ドラッグストアにでも行って、薬を買うべきか?
でも、航太は飲み薬が苦手だったな。
ひとりで顎に手をやり、考えこんでいると。ベッドから航太が苦しそうに俺を呼ぶ。
「おっさんさ……冷蔵庫の中に、薬が入っているんだけど。持ってきてくれない?」
「え? お前の薬があるのか?」
「うん……小児科でもらったから、あんまり使いたくなくて……」
と視線を逸らす。
一体、なにが恥ずかしいんだ? それに小児科って、中学生でも通えるのか?
しかし、飲み薬ではないのだろう。
彼の状態が少しでも良くなるなら、使うべきだ。
俺は急いで、ダイニングキッチンへ向かい、小さな冷蔵庫を見つける。
シングル用の一つ扉のタイプだ。
ドアを開くと中は、一面キラキラと輝くビール缶で埋め尽くされていた。
「綾さんだな……」
視線を変えて、右側に目をやると。
トレーの中に白い薬袋が、何枚か並べてある。
そこには航太の名前が書かれていた。
「これか」
彼が言った通り、小児科の名前が下に書いてある。
一応、間違えのないように薬を調べてみよう。
『解熱剤 ざやくタイプ』
まさか……これを使うのか?
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