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翌日の夕方頃、マネージャーから連絡があった。睡蓮が無理矢理休ませたと言ってはいたけど、実際どうなっているのかは気になっていたので助かった。マネージャーはマネージャーで困っていたらしい。監督経由で俺の不在を知り、何か起こったのかと焦って連絡をしてきたようだった。
『もしかして、役の調整がうまくいってないんじゃないかと……ほら、竜胆さんは実際にない職業や幽霊みたいな役柄は作れないっていつも言っていたので、始末屋というものがやっぱり難しかったのかなと』
電話口でそう聞かれた。
「……難しいには難しいけど、それは大丈夫」
『本当ですか? というか、今どこに』
「うーん……」
今の状況をどう説明したものか困り、対面でハンバーガーを齧っている睡蓮を見た。こっちはこっちでスマートフォンを覗いている。一掃作戦中の馬酔木とやりとりをしており、難しい顔をぶら下げながら、器用に片手で操作して何かしら返信を作っていた。
首尾はそこそこのようだ。ただやはり、用心棒が邪魔らしい。睡蓮の両目が俺を見て、指先が手元のスマートフォンをこちら側に押しやった。
画面のメモ帳には、予定通り今晩仕掛ける、と打ち込まれてあった。
『竜胆さん?』
不安げなマネージャーの声を聞きながら睡蓮に向けて頷く。
『あの、危ない役作りとか、してませんよね?』
テーブルに立てかけてある刀に視線を移し、してないよ、とすぐに答える。
『本当に今、どこにいるんですか』
睡蓮がドリンクを飲み切り、時間を確認する。午後十六時過ぎ。刀を手に取り、立ち上がる。
「俺がはじめに演った、オーケストラの楽団員の役、覚えてる?」
話しながら睡蓮に目配せして移動しようと伝える。スマートフォンを肩に挟み、二人分のトレイを片付けて、暮れつつある外に出る。覚えてますよ、でもそれがどうかしましたか。マネージャーの返事には、無意識に笑い声が漏れ出した。
「あれ……あの時、まだ役柄を作るっていうのがわかってなくてさ。結局、その楽団員は俺の中に残ってないって言ったこと、あると思うんだけど、……多分ちょっと違ってたんだ」
睡蓮が俺に横目を送り、道案内をするように半歩前を歩いていく。この先に迎えの車が来るとは、ホテルを出る時に聞いていた。マネージャーは黙っている。俺は、じわじわ暗くなる空を見上げて、楽器の手触りや匂いを思い出す。
一部として中にいる。楽団員だけじゃない、他の役もだ。
肉体を完全に任せ切らなくても俺はあいつらをもうわかってやれると思う。
「……上手く伝えられなくてごめん、でも、俳優を続けるんなら……このまま、今までみたいな演り方のままじゃ、そっちの方が早死にするんだ、きっと」
待ち合わせ予定の裏通りに差し掛かり、近づいて来た迎えの車に向かって睡蓮が止まれと合図する。隣を窺うと、口だけが動いた。先に行ってる。そう声を出さずに言ってから、一人で車の方へ歩いて行った。
俺の手が勝手に伸びて、彼の肩を掴んで引き留めた。驚いたように振り返った睡蓮の長い髪が、黒いスーツの上でざらりと舞った。
「一緒に行くよ」
マネージャーじゃなく睡蓮に話し掛けた。目を瞬かせている睡蓮を見ながら、後で絶対に連絡するとマネージャーに言い、通話を切った。
肩から手を離して向き合うと、苦笑と共に肩口をドンと叩かれた。
「置いていかねえっつの、行こうぜ」
「うん、さっさと斬り殺して、俳優業にちゃんと向き直りたいと思う」
「そりゃいいことだ、頑張れよ」
頷きつつ、開けられた車の扉の向こうへ身を滑り込ませる。廃港までは一時間ほどかかるようで、その前に馬酔木と落ち合う予定らしい。
動き出した車内で、スマートフォンを一度だけ確認したが、マネージャーからの折り返しの着信はなかった。
一言だけのメッセージ通知が光っていた。待ってます。たったそれだけのメッセージを数分無言で見下ろしてから、待機画面に戻してスーツのポケットに押し込んだ。
馬酔木と直接会うのかと思っていたが、待ち合わせの路地に彼女の姿はなく、ラフな格好をした初老の男性にイヤホンを渡された。男性は渡すなり去っていき、なんの説明もなかったため少し困った。
「あーそうか、竜胆くんは単体の仕事しかしたことねえもんな」
睡蓮が納得したように言いながら、イヤホンを片方持っていって装着した。見様見真似で同じようにすると、馬酔木の明るい声が聞こえてきた。
「馬酔木さん?」
『お疲れ竜胆くん!』
「作戦中、つけっぱなしでいいんですか、これ」
先回りで問うと、その通りだと睡蓮も馬酔木も言った。
『大所帯でいると目立つしね。基本は竜胆くん単体で、廃船にいる標的のところに向かって。私は様子を確認できる位置でその都度指示して、現在の作戦の進行状況を伝える。いい?』
「はい、わかりました」
「馬酔木、俺はどうしとく?」
『うーん、とりあえず様子見で。二人がかりで行ってもらってもいいけど、まー怪我人だしねえ……』
「じゃ、竜胆くんがキツそうなら加勢って感じでいいか」
『そうだね、現場判断で任せようかな』
睡蓮は了承し、イヤホンをつけたまま再び車に乗り込んだ。俺も後に続いて扉を閉める。
辺りはもうかなり暗くなっていた。
廃港までは、二十分もかからない。
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