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 着いた頃にはすっかり夜だった。もう遅いからか廃港には向かわず、睡蓮は俺を連れて繁華街を訪れた。俺達が普段いる都市部よりも電飾が濃い気がした。泥色の川に跳ね返る眩しい看板の光を見下ろしていると、後ろから手が伸びてきた。刀を取ろうとしたので即座に掴んで止めさせた。

「わっ」

「え」

 てっきり睡蓮かと思っていたが、俺の真後ろに立っていたのはシャツにジーンズというラフな格好の女性だった。

「よう、馬酔木」

 斜め後ろにいた睡蓮が声を掛ける。馬酔木と呼ばれた女性は軽く手を上げ、俺の腰元へと視線を落とした。刀を見ているとはわかった。掴んだままの手首を離し、一歩下がると、睡蓮が笑った。

「竜胆くん、こいつは馬酔木。刀使い見たいって言ってたから呼んだけど、同業者だし警戒しなくていいよ」

「同業者……始末屋さん?」

 馬酔木は頷いてピースサインを見せてくる。

「よろしくねん! あー、ほんとにちゃんとした刀使いなんだね、睡蓮が盛ったのかとちょっと思ってた」

「盛ってねえっつの」

「だってさー、刀! とか両刀使い! とか、ふわっとした憧れで入ってくるやつ大体逃げるか死ぬかじゃん」

「そこは否定しねえけど」

 睡蓮と馬酔木はかなり気安い様子で話し続けながら歩き始める。

 会話に割り込むものでもないので黙ってついていくと、築三十年は経っていそうな商業ビルの中へ入っていった。それにもついていき、古い階段を登って二階へ向かう。

 二人は事務所の看板が出ている扉を開け、慣れた様子で電気をつけた。中は書類が多く、事務机が三つほど並んでいる。奥にはテレビがあった。馬酔木は軽い足取りでテレビ前まで行き、見たほうが早いからねー、と言いながらDVDをセットした。

 始まったのは手ぶれの酷い録画映像だ。画角を見るにスマートフォンでの撮影らしく、廃れて閑散とした港の風景が広がっている。時間は、多分朝方だ。錆びて折れた鉄骨の目立つ水揚げ場に、汚れたブルーシートがところどころかけられているのが映っている。

「見るからに危険区域だな」

 俺の隣で睡蓮が呟く。馬酔木は肯定し、画面を直接指さした。

「このブルーシートのある辺りを境目にして、浮浪者の居住地が奥に続いてる。これはでも、明日からの一掃作戦で粗方片付く予定」

 指先が更に滑り、ブルーシートの手前、海との境界にあたる海岸線付近で止まる。

「これが問題」

 馬酔木の指はテトラポットに半分乗り上げている小船を指していた。錆び切った船の何が問題なのかと聞きかけた俺の隣で、睡蓮が納得したような声を漏らした。

「何人も返り討ちにしたっつう、やばめのやつがいるとこか?」

「うん、とりあえず二人は死んで、一人は病院送り。もう一人いたけど逃げた」

 馬酔木は嘆くように首を振り、

「そっちの捜索は別働隊がやってるよ」

 となんでもないように付け加える。だから思わず口が開いた。

「逃げた人は、殺すんですか?」

 二人の視線が同時に向いた。無意識に刀に触れたけど、睡蓮に呆れた顔を向けられた。

「何警戒してんだよ、ちょっとビビって逃げたくらいじゃそこまではしねえって。生死確定させて任務を正式に降りさせて、みたいな手続きのために捜してんだ」

「……その人がもし辞めるって言っても、そのまま帰す?」

「あのさあ、お前だってこれが終わった後は始末屋辞めるだろ? 単純に足洗うってだけのやつを殺したりしねえっつの。なあ馬酔木」

「そーそー、向いてないから辞めたいだけなのに殺される! とかなったら可哀想でしょ」

 二人に嘘を話している様子はない。

 でもそれなら、何故伊吹は殺されたのだろうか。

 ……いや、殺されたと思い込んでいただけなのか、俺が。

 考え込みそうになり、一旦思考を閉じる。刀から手を離してテレビ画面に目を向け直すと、馬酔木は説明を再開した。

 座礁している船には用心棒の男がいて、徒党を組む浮浪者達を守っている。拳銃を所持しているが、武器そのものよりも肉弾戦の異様な強さが厄介だ。本当は睡蓮に近距離で相手をしてもらい、隙をついて馬酔木が不意討ちをかける作戦だったが、ご覧の有り様なので睡蓮の位置を俺がやる。

 ここまでを聞いたところで不安が生まれた。

「……俺、睡蓮さんの腕斬りかけはしましたけど、絞め落とされて結局は負けましたよ。だから睡蓮さんの代わりになれる気はしないです、いいとこ相打ちに持ち込んで、馬酔木さんに俺ごと介錯してもらうくらいが関の山かなと思うんですが」

 正直に伝えると大きな声で笑われた。笑ったのは睡蓮で、無事な方の腕で俺の肩を何度か叩いた。

 何を笑っているんだと不思議に思うが、

「代わりになれないし降りるって言わねえから連れて来てんだよ!」

 と上機嫌に言われて理解した。馬酔木もちょっと、笑っていた。

「じゃ、睡蓮の代わりに請けてくれるってことでいい?」

「あ、はい……俺で問題なければ」

「俺もサポートはするからさ、返り討ちにあっても死にはしねえように立ち回る」

 睡蓮にそう付け加えられて、改めて頷いた。何にせよこれで依頼受注は終わって、作戦内容や用心棒の戦闘スタイルの詳細を更に聞いた後に、一旦解散になった。馬酔木は事務所で寝泊まりするらしく、ビルを出る俺たちをその場で見送ってくれた。


 外は夜の真ん中で、喧騒がずいぶん遠かった。

「竜胆くんさ、涅槃の作者の詳しい死因、知らなかったりするか?」

 ホテルに向かう道すがら、睡蓮に問われた。

「……、殺されたんだよね?」

 慎重に聞き返してみれば肯定が返って来たけれど、俺が思っていた話とは多少違うようだった。

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