6

 特筆すべきところが何もない、くたびれた郊外に辿り着いた。もう暗い。雑草が風で擦れる音が途切れながら聞こえてくる。

「相手はこの付近に隠れてるらしい」

 竜胆が俺の数歩前を歩きつつ話す。

「大体が空き家、とは行政の弁だけど、実際は不法の人間の溜り場だって、情報屋さんが」

「ああ……俺も、偶に来る。つっても、片っ端から始末依頼があるわけでもない。何かに引っ掛かって、どうしても捨て置けなくなった奴だけ、始末してこいって言われる」

「僕も、そうなる日が来るかな……」

 竜胆は川辺で足を止める。この一帯を断絶するほど広い川は、夜の中で黒く光っている。

 その隣に並び、視線を追い掛けて川の向こう側を見た。町の灯りが点在していて、今いるところとはまったく違う生活がそこにはある。良いとも悪いとも思わない。あれは別の人生だ。

 ポケットから、いつもとは違うグローブを取り出して、しっかりと嵌めた。隣で竜胆も刀の柄に手を置いた。

 お互いに、川の方向を見つめたままだった。名残惜しかったのかもしれないが、ここまで来たからには遅かった。人の気配が背後で揺らめいていた。

 竜胆は無言で刀を抜いた。同じタイミングで飛び退くと、俺が立っていた位置には銃弾がめり込んだ。何の変哲もない9mm弾。続けて聞こえた発砲音の方向へと身を翻し、さっさと対象との距離を詰める。

 その間に竜胆も走っていた。廃屋の割れた窓から銃口が見えていた。焦った照準は外れる。窓には向かわず玄関へと回り込む。

 切羽詰まった表情の男とちょうどかち合った。ばっと銃を向けられたが、裏手で腕ごと弾き飛ばした。銃は手を離れ、汚れた茂みの中に落ちていった。

「くそっ……!」

 男は逆の手を即座に上げた。銃がもう一丁握られていたその手は、俺の目の前で切断された。

 悲鳴よりも先に刃が光った。俺は数歩下がって切っ先を避けたが、男はまともに首筋が切れた。派手な血飛沫が飛ぶ。どさりとその場に崩れ落ちた男の背後で、竜胆が刀を軽く振る。

 鞘に納めないんだな。なんて、聞いても良かったがやめた。

「竜胆くん」

 グローブを嵌め直す。竜胆は目を細めて俺を見る。

「なに、睡蓮さん」

「はじめに言っておくんだけど」

「うん」

「俺はそこそこ強いと思う」

 竜胆は笑い混じりの息を吐いた。

「わかってるよ……」

 と独り言みたいに言ってから、下段に構えていた刀を振った。

 最小限の動きで避けた。廃屋の連なる狭い路地を最速で抜けて、先程立っていた川辺へ出る。竜胆はついてきた。立ち止まった俺とは距離を空けて、刀を中段に構え直した。

 数分、距離を保ったまま、どっちも無言でいた。川の向こうは相変わらず別世界だ。天国ってわけではないし、こっち側が地獄ってわけでもないけど、少なくともこんな風に誰かと向き合う必要はないんだろう。

 拳を握り直し、息をつく。俺の動きに合わせるように、竜胆はふと笑みを浮かべた。

「睡蓮さん……僕に襲われるって、予想してたの」

 川の流れる音と雑草の揺れる音が不思議と大きく聞こえてくる。

「予想っつうか、まあ、偶々だよ」

 僅かに下がると砂利を踏む音がそれらに混じる。

「偶々?」

 風が吹いて、竜胆のコートが旗のように翻る。

「麻生田竜胆が主演のさ、よくわかんねえ映画、暇潰しに入った映画館で観ちまった」

 竜胆の整った顔に動揺が広がった。その瞬間に踏み込んだ。

 一気に詰まった距離の中で、動揺したままの竜胆と目が合った。

 横薙ぎを間一髪で躱した。柄を握る手を狙った上段蹴りは外れたが、刀身は蹴り飛ばして体勢を崩させた。ボディブローは防がれた。切り返しの刃は手首を掴んで阻害する。が、足払いを繰り出されて驚いた。飛んで避けたけど、そのまま刀ごと手首も離して数歩下がった。

 ついさっき、俺が始末対象にやった技だ。見て覚えたのか。付け焼き刃ってやつだとしても、こいつ、やっぱあれだな。

 役者だの涅槃だの関係なく、人を殺す才能みたいなもんがあるんだな。

 初めて会った日に俺が感じた容赦のなさは、勘違いってわけじゃ、ないんだな。

「睡蓮さん」

 竜胆は笑っている。笑ったまま、刀を誘うようにふっと下ろす。

「僕だけ……だけ、本名知られてるのも癪だから、……俺が勝ったら睡蓮さんのフルネーム教えてよ」

 予想外に無邪気な提案に呆気にとられた。だから一瞬出遅れた。

 その隙に竜胆は踏み込んで来て、下段からの振り上げは腕で受けるしかなくなった。


 自分の血を見たのは、ずいぶん久しぶりだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る