5

 映画もドラマもあまり詳しくない。観ないわけじゃないが、話題作だとかテレビをつけたら偶々やっていたとか、この間みたいに時間つぶしで映画館に入るか、という具合だ。

 竜胆の出演作を調べて、サブスクを三つほど契約した。配信されていない最初期のものは諦めた。会うのは明日の夜だから三本四本は観られるだろうと思ってのことだった。

 面白いものも、正直に言ってよくわからないものもあった。偶々観た小説家の映画もわからない分類だ。でもよくわからないなりに、飽きずに観続けられた。竜胆の存在が大きかった。俺の知り合いだからかもしれないが、それだけではないと素人ながら思った。

 ストーカーやらボクサーやら逃亡犯やら、端役だとしても変に目につく存在感がすべてにあって、それは竜胆がまったく竜胆ではないせいだった。多重人格かと思うほどだったけど、俺はそれでも竜胆をずっと観続けた。

 あっという間に翌日になった。出掛ける前にと昼過ぎにつけた映画の中で、あいつは見覚えのある雰囲気で現れた。

『職業に貴賎はないと言うじゃないですか? なら詐欺師だろうが、構わないでしょう』

 辞めてしばらく経っていた煙草に火を着けて吸い込み、体が覚えている以上の煙たさについ咳き込んだ。

『あらゆる仕事の中で、一番向いているから選んだんです』

 灰を落とす。もう昼下がりで、晴れ渡った空が無遠慮に眩しい。

『──ああ、犯罪なのは理解してます。でも必要なんですよ』

 振り下ろされる刀を想像する。手に力を込めて、ゆっくり開き、もう一度込める。

『僕の本音がわからない?』

 もう一口吸ってから煙草を潰す。

『わかりたいんですか?』

 上手く消えず、残り火が真っ直ぐな煙を立ち上らせる。

『それとも、考えなしなだけですかね』

 前に溢れてきた長い髪を後ろへ跳ね飛ばし、束で強く縛り付ける。

『僕は──』

 画面越しに視線がふっと絡み合う。

『──知られたくないですよ』

 場面が切り替わり別の登場人物が現れて、気だるく過ごしている様子が映される。

 なんとなく、深い息を吐いた。心なしか頭が重い。映画はぶっ続けで観るものではないのだろうけど、単純に視聴しなれていないせいもあるか。

 竜胆の扮する詐欺師は逮捕前に行方をくらませた。映画は煮え切らない場面で終わるが、続編などもないようだ。

 まあ、あっても観るかはわからない。竜胆が他の登場人物を食う存在感だったから、あいつが続投しないのであれば観る必要はないかなと感じてしまう。

 サブスクを閉じ、時間を見る。もう夕方だ。

 出掛ける準備をしなくてはいけない。

『僕の邪魔を二度としないでくださいよ。──それじゃ、元気で』

 詐欺師が残した最後の台詞を反芻しながら、俺は玄関扉を開け放つ。


 竜胆は涅槃の撮影を終えたあとにどうするのか。

 ただ始末屋を知りたいなのだけであれば、あっさり次の役に移るのか。

 それにしてはこの仕事に本気過ぎやしないか。俳優とはそういうものなのか。詐欺師の役の時も実際に詐欺なんてやってみたりしたのか。いや、毎回別人になり切っているのだから、それも一種の詐欺か。

 仕事とはいえ人を殺す経験をしたあとに、一般的な生活に戻ることができるのか。

 後輩みたいにじわじわと気に病んで、最悪の方向へ行ってしまったりしないだろうか。

 この後に、本当に俺を殺してしまうと、同僚殺しとして追われると知っているのか。

 懸念事項はありすぎてまとまらない。考え込んでいる間に、待ち合わせ場所のドゥルガーに辿り着いていた。今日はすぐに向かうからと、中ではなく店の前での待ち合わせだ。

 竜胆は裾の長いコートに折り目正しいスーツという出で立ちで、既に店の前にいた。コートの隙間からはいつも通りに刀が一本覗いている。こちらには気が付かない。ポケットに手を押し込んで、どこでもない見えない部分を探るような目つきをして遠くを眺めていた。

「竜胆くん」

 声を掛けると俺を見て、口元だけに薄く笑みを浮かべてみせた。

「睡蓮さん。……睡蓮さんは、いつもスーツが似合ってるよね」

「あ? 何だ、急に」

「僕もそんなふうに……雰囲気があるように着こなせると良いな、と思って」

 返す言葉に迷い、竜胆くんも似合ってるよ、と無難な返事にした。竜胆は今度は目を細めて笑った。

「行こう、睡蓮さん。地図は見たと思うけど、一応案内させて」

 歩き出した竜胆の後ろへついていく。このあとはバスに乗り、辺鄙なところで降りてから、二十分ほど歩く。地図も頭に入れてある。でも黙って斜め後ろを歩いたままで、竜胆の腰元にある刀にふっと視線を落とす。

 刀相手はしたことねえな、なんて考えてから、俺はぶっ続けで観てきたこいつの出演作を思い出す。

 竜胆の演る柘榴は、本音を言えば観てみたい。だけどそれでこいつが潰れてしまうのであれば話は別だ。

 犬死にや無駄死になんてもんはもう既に見飽きてるんだよ、俺は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る