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 竜胆は翌日の夜に落ち合おうと言い、やることがあると席を立った。恐らく、撮影に向かうんだろう。何も言わずに立ち去る姿を見送った。

 ドゥルガーの店内は人がいなくなっていた。息をつき、店主に視線を向ける。立ち上がると察したように一礼された。奥へ続く扉へといつも通りに向かって歩く。

「仕事っつうか、……個人的に知りたいことがあるんだ」

 モニターと資料に埋め尽くされた奥の部屋の中で切り出した。

 店主は不思議そうにしたが、俺が懐から出した文庫本を見ると合点がいったらしく頷いた。

「作者の葦沢栄あしざわさかえさんについてですか?」

「うん、そいつ。俺は小説家とか漫画家とか、よく知らないんだけど……始末屋について妙に詳しく書いてあるから、コレの主人公の柘榴のために、直接モデルにしたやつとかがいるんだろ?」

「……睡蓮さんは、伊吹さんをご存知ないんでしたっけ」

 知らない名前が出た。俺が眉を寄せると店主はまた頷いた。

「伊吹さんは、大体五年程前に始末屋をされていた方です」

「あー……ギリギリ被ってないんじゃねえかな。俺が転職してきたのも五年くらい前だし」

「なら、ご存知なくて仕方ないです。もういらっしゃらないですし、西の支部でしか活動されてませんでした」

「ふーん……その伊吹さんってのが、柘榴のモデル?」

 店主は室内を埋めるファイルの中から一つを選び出し、ぱらぱらと捲り始める。何かと思っていたが手は止まり、開いたページをすぐに差し出してきた。

 中を見る前に背面を確認する。始末屋の死亡報告書のまとめだと、店主がすかさず付け加えた。

「そんなやつもあんのな……」

 キモいような怖いような気分だ。またチラつく後輩の顔を引っ込めて、開かれているページに目を落とす。伊吹、という文字列があった。写真が貼り付けてある場所の真下に記名されている。その隣には日付けも振られており、写真自体には港の駐車場で俯せに倒れている男が映っていた。

 もう死んだやつなのか。いつからか慣れてしまった、虚しさとも違う言い表せない感情がほのかに湧いた。涅槃という言葉が最近の出来事により浮かんでくる。あなたに訪れない涅槃。そりゃあそんなもん、誰にでも簡単にやってくるなんて仏陀は1ミリも言ってないんじゃなかったか?

 なんて皮肉な気分で考えていると、

「その方は、作者さん御本人なんですよ」

 爆弾発言が来た。思わずばっと顔を上げる。

「あ……? 待て、……なんで? 兼業?」

「職務形態としてはそうです。でも伊吹さん……葦沢さんはそれなりに著作を出している作家で、金銭面で兼業する意味はなかったようですね」

「……あー、なるほど、わかった」

 俺が納得すると店主は首肯し、

「あなたに訪れない涅槃を執筆するために、始末屋を実際に体験しに来られたのでしょう。だからモデル自体は御本人です」

 そう続けて、別のファイルを開いて見せてきた。

「こちらは葦沢さんが行われた仕事の一覧です」

 ここはなんでもあるなと思いつつ、ありがたく中身を読ませてもらう。

 仕事内容は至って普通、俺だろうが竜胆だろうがやっているような、変わったところのないものだ。

 腕はわりと良かったらしい。柘榴のモデルならそりゃそうかと納得もして、でもそうなってくるとあの本は自伝みたいなもんなのか? と別の疑問も湧いてくる。

 だがそれはいい。俺が知りたいことはひとつだった。

 作者が死んでいると聞いてふたつに増えたけど。

「お、あったあった」

 伊吹の仕事一覧からひとつを探し出して目を通す。同業の始末の依頼。清掃屋と言い争いになって清掃員を殺した始末屋が逃げたから、それを探して殺せという内容だ。

 日付けを見て、もう一つのファイルの死亡日時と照らし合わせる。大体、四ヶ月くらい前の話だ。更に文庫本を開いて確認しかけるが、

「涅槃内にもありますよ」

 先に店主が教えてくれる。読み込んでいるのか異様に記憶力がいいのか。多分後者だが頷いてみせて詳細を聞く。

 本の最終章が逃げた始末屋を殺しに行く話らしい。殺された清掃員が柘榴の馴染みで、確かにところどころ顔を出し柘榴と会話を繰り返していた。現実の伊吹に馴染みの清掃員がいたかはわからないらしく、この辺りは創作かもしれないと店主が付け加える。

 伊吹の仕事はコンビで行われており、コンビ相手が怪我を負いつつも協力してなんとか終えたと報告書にはあった。対して柘榴は単身任務に向かうようだ。店主の説明を聞きつつ自分も該当ページまで一気に飛ばす。出会い頭の居合いが防がれた場面があって、数行読んだところで俺は固まった。

 俺の硬直に気付いている様子で店主は顎を引いた。

「柘榴が最後に戦闘するのは作中にも時折出て来る人物です。柘榴は基本的に人と深く関わりませんが、その中でもある程度信頼していた、友人のような相手ですね。昔始末屋だったという男性で……」

 武器を使わず素手での戦闘スタイルです。

 ここまで言ってから店主は口を閉じ、俺は二つ目の疑問の答えも手に入れた。

 

 竜胆。お前は俺を殺す気なのか。

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