睡蓮

1


 人の始末が始末屋の仕事であれば、死体の始末が清掃屋の仕事であった。柘榴が斬ると血が方々へ飛ぶため、嫌がる清掃員が多い。故に、請ける人間は限られ、自然に見知った仲となる。

「あんたは後者だなあ」

 切り裂かれた遺体を見下ろし、清掃員は柘榴へと声を掛ける。

「仕事と割り切る仕事ぶりの始末屋と、何かが割り切れない仕事ぶりの始末屋。あんたは後者に見えるよ、柘榴さん……。何がそんなに、怖いんだい?」

 柘榴は血の落ち切らない刃を鞘へと納め、自嘲した。

「僕はね、斬る度に近付く何かが──悟りだなんて呼ばれてしまうかもしれない何かが、怖いのかもしれないな」

(「あなたに訪れない涅槃」文庫版210ページより抜粋)




 始末屋なんて仕事をいつまでやるか。

 俺は死ぬまでと答えるが、それは一生やりたい仕事だからじゃもちろんない。始末屋の死因で一番多いのは返り討ちでの死亡。二番目が精神的にキての自殺。三番目が酒の飲み過ぎで事故死だ。

 大体、表側じゃもうどうにもならねえってやつが、裏側には乗り込んでくる。それか単純に、銃の扱いが上手いアッチ方面の構成員とか鉄砲玉やってた怖いもの知らずとか、元々裏側にいたやつが転職してくる業界だ。

 そうじゃなかったやつは酔狂でしかない。

 だからこれは、竜胆の話になる。

 なんか変なのが追い掛けてきたな、とは思っていた。撒いたつもりだったが、まるでストーカーのように執念深くて、結局相手の首をへし折るところを見られていた。

 一般人に見つかった時にどうするか。流石に殺しはしない。警察に駆け込まれたところであそこは始末屋とはある程度連携してるんだから意味がないし、でも放置して言い触らされるわけにはいかない。都市伝説のように噂されたとしてもあくまでも俺達は裏側だ。表に出る必要はない。

 脅して黙らせておこうとした。でも振り返って声を掛け、姿を見た時に、改めた。

 こっち側の人間だと思った。数分後に竜胆と名乗ったそいつが纏う空気は複雑で俺は似たようなやつを一人だけ見たことがあった。俺がこの業界に来た時に一度だけ目にした、濁って切羽詰まった雰囲気の始末屋と、竜胆の複雑さはよく似ていた。

 狼狽えていたかと思えば、急に詐欺師みたいな饒舌さになった。

 最近始末屋を始めたから色々仕事を見たくて追い掛けたのだと、誤魔化しをやめた様子で話した。適当に撒こうとも思ったけど竜胆は真剣で、俺は、今度は勝手に、俺の都合だけで竜胆の姿に昔の同業者を思い出した。

 もう死んだ後輩だ。

 向いてなかったから、自殺した。


 居酒屋を出たあと、竜胆はふらっと夜の中に消えようとしたが捕まえた。

 振り返った顔は青白かった。大丈夫かお前と、店内のように聞きそうになるが一旦は引っ込めた。

「竜胆くん、明日の予定は?」

 世間話の延長ということにした。竜胆は重たい瞬きを落としてから、体ごとこちらに向けた。

「朝から夕方まで、用事があるよ。始末の用事じゃないけど、夜なら空けられる……明日も会ってくれるの、睡蓮さん」

「お前が良ければ。なんつうか、まあ、心配っつうか」

「……大丈夫だよ」

 それは明日の夜に会うことが大丈夫なのか、なんだか捨て鉢にも見える今の状態が大丈夫なのか、大丈夫じゃないやつほど大丈夫って言い出すんだよなとか、色々言葉が浮かんでいった。

 明日の夜も待ち合わせる方向で話は進めた。竜胆はあっさりと了承し、今度こそ夜の中に消えていった。長いコートの隙間から刀の鞘が覗いていた。

 追い掛けようかと一瞬思うが、結局やめた。新入りのメンタルは心配でも、あまり深入りしても逆効果かもしれないと思い直した。

 自殺した後輩をまた思い出す。最後の方は、俺と一緒じゃないと仕事に行けないくらい憔悴していた。他府県での仕事のために一週間ほど傍を離れなくてはいけなくなって、帰って来るまで待てと言い含めて出来る限り素早く終わらせて急いで戻った時には、愛銃で脳天をぶち抜き部屋の真ん中に倒れていた。どうしてもと頼まれ一人で仕事をこなしたあとの、衝動的な自害だった。

 溜め息で過去を散らし、俺も自分の家に向かって歩き始める。竜胆はあの後輩よりメンタルは強いとは思う。俺の仕事についてきても怯むことがなかったし、刀捌きもちゃんとしているし、情報屋や清掃屋との連携も上手くできる柔軟な男だ。だからそう心配しすぎるのも良くないだろう。

 自分に言い聞かせつつ、夜を進んだ。

 翌日の夜は竜胆の都合がつかなくなり、用事が長引いていると電話連絡を寄越してきた。それならそれで無理しなくてもいい。また次の機会にでもと、無難に通話を終えてから、何の用事だろうなと意味はないが考えた。


 答えは一週間後にわかった。日中の暇つぶしがてら、適当に入った映画館で映画を観ることにして、俺は偶々竜胆に会った。

 あいつはスクリーンの向こう側にいた。無数の本に囲まれて鬱屈している、うだつの上がらない小説家の男として生きていた。

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