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男全員が事切れてから、睡蓮は息をついてこちらを振り返り見た。
「終わったぞ、参考になったか?」
血のついたグローブを外しながら聞いてくる。頷いたかどうか、脳がぼんやりして定かではない。睡蓮はなぜか苦笑した。歩み寄ってきたかと思えば、宥めるように肩へと手を置いた。
「新人だもんな、驚くか」
「あ……ええと」
「数人相手の仕事を頼まれることなんてベテランじゃないと有り得ないから、今は心配しなくていい」
そうなんだ、と答える自分の声が遠い。首を振って焦点を合わせるとじわじわ戻ってきたが、今までにない感覚には困惑が込み上げる。
睡蓮はスマートフォンを取り出して電話をかけ始めた。所属する組織への終了報告で、手早く終えた後にはぼんやりする俺を促して廃ビルの外へ出た。いつの間にか暗かった。物の輪郭の曖昧な黄昏の中で、睡蓮は俺に視線を向けた。
「竜胆くんは今、何かしらの依頼請けてるのか?」
「……いや、まだ……うまく出来るか、わからなくて」
「不安だったら、手空いてる時ならついていってやるよ」
そこまでしてくれるのかと驚くが、
「俺の仕事やら転がった死体やら見て逃げたり吐いたりしないんなら、適性あるからさ」
続いた言葉に、どきりとした。
そう、確かにそうだ。
引くどころか見惚れていた、流暢な動きは美しかった。
残酷さに宿る芸術というものをたった一日で理解させられた。
「睡蓮さん、次はいつ会える?」
無意識の問い掛けに睡蓮は一瞬止まるが、なんだっけなとぼやきつつスマートフォンを取り出した。
月末までのスケジュールを見せてもらえた。他府県に向かう仕事もいくつかあり、かなり詰まった予定表だった。しかし、現場を見たのだからもうわかっている。睡蓮は腕が良いし、始末屋という世界の中では、かなり重宝される男だろう。
次に近場でやる仕事は一週間後だった。またあの喫茶店、ドゥルガーで待ち合わせようと提案すれば、睡蓮は了承した。
今日の仕事はもう終わりらしく、晩飯でも食うかと、平坦に誘ってきた。
断る理由もなく、一緒に居酒屋へと向かった。息抜き程度のアルコールを注文して枝豆や焼き鳥を食べ、睡蓮の語る始末屋の仕事内容を真剣に聞いた。
死にかけたこともあり、顔見知りを始末したこともある。連れて行った後輩が返り討ちに遭い死んだことも当然ある。
睡蓮は溢れた長髪を耳にかけながら、過去を羨むような息を吐く。
「こんな仕事だから、殺されるのは仕方ないけどな。なるべく生きている方が安心はする。……竜胆くんもこれから色々、本当に色々あるだろうけど……無理だと思った時には逃げて、生き延びろよ」
あまり飲まない日本酒を傾けながら頷いた。いつもなら適当にビールにするが、それは俺の話で柘榴は日本酒しか酒は選ばない。そう、わかってくる。睡蓮の話す様々な死に方や始末屋の末路、殺せと指示される人間の種類、殺してくれと頼む人間の理屈などを聞きながら俺は腑に落ち続けていく。強盗殺人や自殺や事故の報道の中には始末屋の殺した人間が多数含まれている。殺すこと自体には上も下もない、そこには職業があって必要だから発生した始末の命令がある。社会の裏ではなくて社会の影だ。日向を歩くために暴力は閃いているし、構造はどこよりもシンプルでわかりやすい。殺すか殺されるか。あいつを殺せと言われる限りは殺し続ける。あなたには人間性が欠けている。
僕には人間性が欠けている。
「そういや竜胆くん、前も何も持ってなかったけど、普段はどんな武器使ってる?」
不意の問い掛けには笑って答える。
「刀だよ」
僕の問い掛けに睡蓮は二回瞬きを落としてから、口の端を引き上げた。次は持って来ていいよと言った口ぶりはちょっと面白がっていて、楽しそうでもあった。
映画の宣伝用の仕事を滞りなく終えたあと、クランクインまで放置してほしいとマネージャーに頼んだ。いつものことだから、簡単に了承された。
部屋に溜め込まれていた本をほとんど売却したがひとつだけは手元に残した。あなたに訪れない涅槃。意味の飲み込めないタイトルだけど嫌いじゃなかった。ベッドサイドのテーブルに置いて、寝る前に少しずつ、読み進めていった。
二束三文の古本売却料金に、それなりの映画主演の報酬を足して、一本の刀を買った。
選ぶ必要はない。これだと、見ればわかった。刀匠から直接買い付けて、自宅の中で閃く刃を目にした瞬間に、馴染んだ。
柘榴の愛刀はこれだと、綯い交ぜになりながら確信した。
役の完成が少しずつ見えていた。
睡蓮は直接会わない時も連絡をくれる。双方の生存確認なのだとは聞かなくとも理解して、日を置かずに返事を送った。
約束通り、一週間後にドゥルガーで落ち合った。
いつもよりテンポの早いクラシックの流れる店の中には、丁寧にまとめた長髪に折り目正しいスーツという格好の睡蓮が待っていた。
自分も同じようにスーツを着込んでいたからか、睡蓮は意外そうにした。
「スーツ、買ったのか?」
前から持っているものだと答えてから、
「睡蓮さんと揃いが良くて」
正直な気持ちを告げた。睡蓮は笑ったが少しだけ嬉しそうだった。
「今日はお前もやってみる?」
と聞きながら、睡蓮は目線を腰元に向けた。
コートの隙間から覗く刀に手を添え、手伝えることがあるならと、軽く返した。
刀はもう振れた。昔に演った戦国武将の殺陣を技術としては忘れていなかったし、一週間使い続けたから、問題ない。
俺は僕の仕事をするべきだ。
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