君と本
「ねえ、なんの本を読んでるの?」
君が話しかけてくれた日から僕の毎日が変わった。
「私、今日半年くらい前の説明会?の時から初めてここに来たんだよね。なんか本を読みたくて。ここって何時まで空いてるんだっけ?」
「一応5時までだよ。」
「えっ、あと1時間だけ? ゆっくり読めないじゃん。」
「えっと、僕は部活に入ってるから僕がいる限り一応7時までいれるよ。今日は僕も最後までいる予定だったし。」
「そうなの! えっ じゃあ居ていい?本を借りてもいいけど図書室のほうがなんか読みやすそうだし…」
そう言って君は少し遠慮気味に明るくはしゃいだ。
僕は本当は6時位で帰ろうと思っていたけど図書室に自分以外の人がいるのがなんだか嬉しくて君がいるまでいることにした。
「あっあったあった。これ、じゃ〜ん知ってる?」
「星の王子さまだね。もちろん知ってるよ。」
星の王子さまは不朽の名作だ。僕はもちろん小学校のときに読んだし、内容はだいぶ覚えている。
「私ね、この本だけどうしても家になくて。でも今更買うのもなんかおかしくて読みたいな〜って思ってたの。」
「よ、よかったね。」
僕は君が軽く話してくれるので少し戸惑った。
ここだけの話、僕はあまり、というかほとんど女子と話したことがない。
だけどキラキラと笑う君はとても輝いていた。
「ここに座ってもいい?」
そう言って君は僕が返事をする前に僕の前の席に座った。
少し肌寒い図書館にやっぱり勘違いではなく、春の暖かい風が吹いたようだった。
僕は目の前に誰かがいるのが久しぶりすぎて、あまり本に集中できなかった。
物語の中ではバスチアンが物語の世界の中に入っていくときだった。
だから僕も自分はなにか現実とは違う物語の中に入っているのかと思った。そうでなければこの状況は説明がつかない。なんてったっていつも僕以外誰も居ないこの図書室に他に誰かいるなんて想像もできないからだ。
『人間が想像できることは、人間が必ず実現できる』と、かの有名なSF作家ジュール・ベルヌは言った。逆を言えば、『人間が想像できないことは、人間が必ず実現できない。』ということ。僕はこれが現実なのかわからなかった。
でも不意に目があってしまい、君は笑った。僕もつられて笑ってしまった。笑う君は太陽みたいに輝いていた。
そして僕は気づいた。これは現実で、僕にはなにか大変なことが起こっていると。
帰りの電車の中、僕はずっと今日の不思議な(僕がそう思っているだけで世間一般的には何も不思議なことではない。)について考えていた。
夕焼けに照らされて少し赤みを帯びた君の顔、いつもより多い紙のめくる音。僕にとってはそのどれもが現実離れしていて。
「今日はありがとう。また来てもいい?」
と君が聞いてくれるまで夢の中にいるようだった。
帰りの電車はいつもより時間が遅いのでちょうど帰宅ラッシュと被り、少し混んでいたし、いつもより暗く気温も低いはずだったが僕の心はなんだかとても暖かかった。
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