V

 地理の教師の父親は、都心の大きな公園に面したマンションに住んでいた。父親は都の職員として長い間働いてきた。最初は都バスの運転手、それから教育庁に移って労働組合の役員をしていたが、組合内の主流派と反主流派のいざこざに巻き込まれ、ストレスから酒を飲みすぎ、胃潰瘍になって手術で胃の半分を切り取った。その後は労働組合から遠ざかり、いつの間にか出世して都の科学館の館長になった。定年退職後は関連団体の理事をしている。出勤は週に一度、悠々自適の生活だ。やせ型の胡麻塩頭で、いつもうつむき加減に見える。目が悪いのでいつも色つきの眼鏡をかけ、車はBMWに乗っている。最近になって、ターミナル駅の近くにあるヤマハの音楽教室に通い始めた。

 リビングにはガラス張りのキャビネットの中に洋酒の瓶が並んでいる。壁には能面やベネチアの仮面やバリ島のマスクのコレクションが、部屋のあちこちには木の像や革の盾やカヌーの櫂が飾ってあって、ちょっとした博物館のようだ。キャビネットの上にごちゃごちゃと小さな土産物が並んでいる中に混じって、あの木彫りの像が置いてある。それは、よく見れば確かに黒い入れ墨を顔に入れたマオリの男の像のように見えなくもなかった。

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