第9話 ドルトヒルゼン聖王国の現状

「グリフ様~、私ルルーシアめはあなた様の事をずっと探しておりましたのよ」


 俺の腕を掴み甘い声でそう囁いてくる真っ白な髪の少女もといルルーシア・フォン・ドルトヒルゼン。俺は全然気が付かなかったのだが、どうやら俺の元婚約者だったらしい。

 まさか助けた人が元婚約者だったとは我ながら運が良いのか悪いのか。ていうかほとんど面識なかったはずなのにどうしてこうも懐かれてるんだろう。


「お知り合いだったのですね」

「らしいな」


 俺は顔しか知らなかったから知り合いっていうと少し違和感はあるけど。その唯一の情報である顔ですらこの長い年月を経てすっかり忘れていたんだけどな。


「ルルーシア殿。あなた様はドルトヒルゼン聖王国の王女殿下であらせられたはず。どうしてかような魔族に攫われていらっしゃったのですか?」

「もうグリフ様ったら。そんな堅苦しい言葉じゃなくて普通の口調でお喋りくださいまし」


 おいめんどくせえな。もう一回さっきの長い言葉を口にしなくちゃならねえじゃねえか。


「ルルーシア。何故攫われた?」


 今度は簡潔にしすぎたせいでロボットみたいになっちまった。まいっか。


「実は攫われていたわけではなく、ルケーノ帝国へと護送されていたんです」

「ルケーノ帝国へ護送? 周りに居たのは魔族だったじゃないか」

「ご存じないのも無理はありません。グリフ様はルケーノ帝国から追放されてしまわれておりましたから。実はですね。グリフ様が追放された後、ルケーノ帝国は魔族側に寝返ったのです」

「え?」


 ルケーノ帝国が魔族側に寝返っただと? マジかあのクソ親父。腐ってるとは思っていたがまさか人類を裏切るだなんて……。


「我がドルトヒルゼン聖王国は魔族の軍勢、そしてルケーノ帝国の軍勢により滅ぼされ魔族の支配下となってしまったのです。そして今宵、聖王国の王族で生き残りである私がルケーノ帝国で見せしめとして刑が執行される予定だったのです」

「姫様……」


 そう話すルルーシアの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいる。それを見た付き人の女性、フランシアさんも目頭を押さえ、涙を堪えている。

 さぞ辛かったのだろう。掴んでいる腕から体の震えが伝わってくる。

 俺はそっと彼女の肩を抱き、その震えが収まるのを待つ。


「……すみません」

「こっちこそすまない。俺の親が大分迷惑を掛けちまった」


 ルルーシアの話を聞いた俺はより一層父エリツァールに対する憎悪が膨れ上がる。とはいえこの話を聞いたからにはルケーノ帝国へ復讐に行く前にルルーシアの国をどうにかしないといけないな。

 俺は身内だし本来であればここでルルーシアに殺されてもおかしくはない。だというのにこうして慕ってくれる彼女へのせめてもの償いとしてドルトヒルゼン聖王国を魔族の支配から解き放たなければならない。


「よし決めた! ルース、ファブニル。いったんダンジョンに戻るぞ。作戦会議だ」

「「御意」」


 俺の言葉にルースとファブニルは即座に同意を示す。

 しかし、ルルーシアとフランシアさんはキョトンとした表情を浮かべる。


「ダンジョン?」

「ああ。俺の今の家がダンジョンなんだ」

「グリフ殿。ダンジョンと言えば凶悪な魔物どもが跋扈する危険地帯です。そのような所へ姫様を行かせるのは……」

「大丈夫大丈夫。安全なダンジョンだから。行ってみればわかるって」


 躊躇するフランシアさんに俺はそう声を掛ける。


「フランシア。グリフ様もこう仰っていますしここは信じましょう。どうせ家に戻っても牢に入れられるだけですし」

「……確かにそうですね。すみません、グリフ殿。差し出がましい事を申し上げました」

「いや、別に良いよ。ルルーシアの護衛なら当然の事だし」


 そうして俺達はルルーシアとフランシアさんを連れて元のダンジョンへと戻るのであった。



 ♢



 二人を連れてダンジョンへと戻ってきた俺は早速馴染みの深い最深層にて大きな長机をダンジョンの主達から十人、そしてファブニルとルースを含む合計十三人で囲んでいた。


「皆、集まってくれて感謝する。今回、一つ相談事があって皆を呼んだんだ」


 シンと静まり返った大部屋に俺の声が響き渡る。基本的に玉座の間みたいになっているところに長机を大きくどんと置いててしかも他に物がないから、妙に響くんだよなここ。

 近々会議室用の部屋も作らないとな、なんて思いながら話を続ける。


「実はさっき連れて帰ってきた人間の故郷が魔族によって支配されているんだ。王族も殺され、悲惨な状況だと聞く。それだけだったら別にどうこうしようなんて思わないが、その一件にどうやら俺の父親が関わっているらしい。だから俺はあの人間の故郷を救いたいと思ってる」


 親がやったことだから俺は関係ない、そう思いたくても申し訳なくなってしまうのが面倒な所だ。まあでも元々ルケーノ帝国に復讐はしたかったし、国力を削るという面では俺の利益にもつながる。

 そして一度親密になったことでより故郷を奪還してあげたいという気持ちが強くなった。


「一人でも俺は乗り込もうと思ってる。だが、大勢いてくれた方がありがたい。この中に俺と共に来てくれる者は居るか?」


 正直、これに関しては俺の私情でしかない。皆の利益にならないことくらいは重々承知している。そして俺の予想通り、俺の問いかけに誰も答える者は居ない。

 そりゃそうだ。俺のために皆戦ってくれなんてあまりにも図々しい考えだ。だけど一応迷惑かけるなと思う半分助けてくれたらありがたいななんて思いも半分で今回の会議を開いた。


「まあそうだよな」


 俺が諦めた口調でそう呟いた時であった。静まり返った大部屋にて一人スッと手を挙げる者が居た。1000階層目のダンジョン主、ドウジである。


「グリフ様。我々がまさかあなた様に付いていかないという選択肢を取る筈がございません。皆、その可能性があるのだという事に驚いて声を出せなかっただけであります」

「え? てことは」

「我々は全てグリフ様によってこの世に生を受けた者。我々にとってグリフ様は創造神のようなお方です。そうだろう皆よ!」


 その瞬間、静かであった大部屋に野太い声が沸き起こる。嘘だろ? 俺のくだらない私情でしかないのに?


「皆……ありがとう」


 これが後世に「神の行進」とまで語り継がれるほどの最強の軍隊が結成される瞬間であった。 

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