第8話 下級魔族

 ガラガラと鉄製の車が異様に大きな狼の魔物に引っ張られているのが見える。その周囲にはとても人間とは思えない容貌をした二足歩行の生物が武装した状態で周囲を警戒しているのが見える。


「あれは完全に魔族だな。やべーとこに出ちまったみたいだ」


 魔族がこんなにも堂々と闊歩しているという事は恐らく魔族の支配領域であろう。よりにもよって最悪の場所にダンジョンの入り口が生成されたらしい。

 いやでもおかしいな。確か俺が幽閉されていた場所は魔族の支配領域からはかけ離れた場所の筈。まあ、あのダンジョン結構広かったしそういう事もあるのだろう。


「取り敢えず一回ここから離れよう。魔族なんか相手したくねえ」


 魔族は魔物を従える種族。聞くところによれば、下級の魔族でも町を一つ滅ぼせるくらい強いとかいうヤバい話も聞いたことがある。

 まだ武闘も魔法も覚えたての俺がそんな奴に勝てるわけがない。


「主のような種族の者もいるみたいですよ?」


 俺がその場から離れようとするとファブニルからそんな言葉が飛び出してくる。そしてファブニルが指差す方を見ると、牢獄のような鉄格子で覆われた馬車の小さな窓の向こうに少しだけ人間の姿が見える。

 どうやら魔族が人間を襲って誘拐している途中みたいだな。とはいってもここで無理に魔族へ戦いを仕掛けるのもな~。

 いや、そんなことも言ってられないか。ここで見捨てたらあのクソ親父とおんなじになっちまう。


「仕方ねえ、やるか」

「「はっ!」」


 茂みに身を隠していた俺は遂に決心をして魔族達の前に飛び出す。それに追従してルースやファブニルも姿を露にする。しかしその所作は焦りを見せる俺とは対照的に冷静さを保ったままである。

 こういうところが違うんだよ。二人は。強敵を前にしてもなおこの冷静さを保ってられるのは才能だよな。


「おい! そこの馬車! ちょっと止まれ!」

「……」


 って無視かよ! 普通、こういう時って「何奴?」ってなるのがセオリーなんじゃないのか!?


「この領地にまだ我らに逆らう者が残っていたとは。いやすまない。驚きのあまり言葉を失ってしまったよ」


 魔族ってこんな不遜な態なんだ。え、別に爵位なんてない下級の魔族だよな? 上級魔族じゃなくてもこんな感じなんだな~。知らなかった。


「聞くまでもないと思うけど、一応聞いておくよ。たかだか人間風情が我ら魔族に何の用かな?」


 そう魔族が口にした瞬間、俺の両脇から何やらゾワリとした不穏な空気が伝わってくる。


「どの口が我らの主人を馬鹿にしているのか。恥を知れ」

「全く同感だ。貴様らの四肢を今にでも切り裂いて燃やし尽くしてやりたい気分だ」


 滅茶苦茶怒ってる!? さっきまであんなに冷静だったじゃねえか。


「お、落ち着けって。その調子でやられたら後ろの馬車も吹き飛んじまう」

「失礼しました。グリフ様」


 俺の言葉にルースとファブニルは爆発しかけていた魔力をスッと引っ込める。ただ、その瞳にはまだ闘志みたいなんが残ってるけど。


「ほう、やる気か。良いだろう。最近、活きの良い人間が居なかったからな。久しぶりに体を動かす良い機会だ」


 魔族が臨戦態勢に入ると同時に俺も魔力を練り始める。相手は五人。こっちは三人。少し分が悪いが、この際仕方あるまい。


「行くぞ!」


 魔力と武闘を身に纏い、俺は駆け出す。まずは一番手前に居た槍を持った魔族からだ。

 大地を踏みしめ、ありったけの力を込めたまま拳を構える。


「はやっ……」

「うおおおっ! これが俺の正義の鉄槌だあ!」


 どういう訳か槍を持った魔族が回避しなかったため、俺の拳は魔族の体に直撃する。

 そして凄まじい衝撃音と共に魔族の体が消し飛ぶ。

 これはラッキーだ。きっと俺の事を舐め腐ってたから避けるのを放棄したのだろう。


「な、何だその力は!?」

「次はお前だ」


 俺は一体目の魔族を仕留めると次の魔族に狙いを定める。そして最近編み出した新しい魔法を放つ。


次元断裂ディメンジョン・スラスト!」


 空間ごと切り裂く斬撃が二体目の魔族を襲う。そして次の瞬間には魔族の身体は一瞬で二つに分かれていた。あれ? 魔族って魔法が効きにくいんじゃなかったっけ? 大分あっさり倒せたな。


「後は……」

「もう終わりましたよ、グリフ様」


 見ると他の三体の魔族はルースとファブニルによって片付けられていたようだ。思ったより秒で片付けられたな。

 魔族ってだけでちょっと尻込みしたけど、こんなに弱い魔族も居るんだなぁ。


「大したことなかったな」

「所詮は低級魔物ですので」


 いや、ルースさん。魔物じゃなくて魔族ですよ……あでも、見た目が魔族っぽかっただっただけでもしかしたら本当に魔族の手下の魔物だった可能性もあるのか。

 道理で弱いと思ったぜ。びびらせやがって。


「この中に用があるんですよね? グリフ様」


 そう言いながら馬車を殴り大破させるファブニル。一瞬中に居る人ごと消し飛ばないか心配だったが、そこはちゃんと大丈夫であったらしく、馬車の中からオドオドとしながら人が降りてくる。

 一人は騎士風の鎧を着た女性。そしてもう一人は真っ白な髪に青い瞳をした身なりの綺麗な女性だ。多分貴族の令嬢とそのお付きってとこだろう。


「ご無事ですか?」


 取り敢えず偉い方に話を聞くかと思い、俺は令嬢らしき真っ白な髪の少女に話しかける。


「え、はい。あっ、ではなくて助けていただきありがとうございます! すみません、突然の事で少し頭がパニックでして」


 という言葉を発するくらいにはパニックを起こしているんだろうなと理解しつつ俺は続ける。


「謝らなくても大丈夫ですよ。魔族に誘拐されたら誰しも平常ではいられないものです」

「お気遣い感謝いたします」


 そう言って勢いよく頭を下げる少女。その隣で付き人であろう女性も頭を下げる。

 どうしようか? ここが何処なのか聞きたかったけど、この様子じゃ聞くの申し訳ないな。もうちょっと落ち着いてから聞こうか。

 そんな風に俺が逡巡していると、頭を上げた少女が何やら目を丸くしてこちらを覗いている。


「ってあれ? グリフ様?」

「へ?」


 そして唐突に少女が俺の名を口にしたのであった。

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