第10話 ルケーノ帝国の暗躍

「ドルトヒルゼン聖王国の王女がこちらに来る手筈だったのではないのか?」

「申し訳ありません。魔族側にも確認を取ったのですがどうやら何者かに道中で襲われてしまい、逃げられてしまったようでして」


 家臣のその言葉を聞いたルケーノ帝国の皇帝エリツァール・フェン・ルケーノは舌打ちをする。彼はドルトヒルゼン聖王国が滅ぶまさにその瞬間を目の当たりにすることを楽しみに過ごしていたのである。

 ルケーノ帝国が四大国と呼称されるほどに勢力が拡大する以前の話である。当時はランディール王国、ドルトヒルゼン聖王国、そして自由都市バルキメデスの三つが三大国として台頭していた。

 そのうちの一つ、ランディール王国との縁談が成立することによって徐々に勢力を増し始めたルケーノ帝国。次にドルトヒルゼン聖王国の王女がグリフに縁談を持ちかけてきたことでさらに勢力を増し、ルケーノ帝国は大国の仲間入りを果たした。


 しかしそれらもグリフの母親であるエミリーが亡くなったことでランディール王国からは愛想をつかされ、グリフを追放したことでドルトヒルゼン聖王国からも愛想をつかされたのである。

 それにより両国に依存していた経済体制であったルケーノ帝国は即座に衰退を始めた。

 だからこそ魔族側に寝返ることで両国に対する復讐を果たしたのである。


 そして本日がその念願が成就されるはずであったドルトヒルゼン聖王国の滅亡を意味する王女の処刑だったのだ。


「くそ、ツイてない」


 魔族による傀儡国家となったルケーノ帝国は人類全体から裏切り者のレッテルを貼られていた。しかし、人類が全て魔族に支配されるようになった今となってはそれも意味のない事である。

 それよりも己が利益で行動し続けるルケーノ帝国の存在は魔族にとって好都合だったようで、今では魔族側から公爵位を授かる程の地位を獲得している。


「陛下。朗報がございます」

「何だ?」

「実は見つからなかったランディール王国最後の王族、第一王子が先日見つかったとのことです」

「ほう。それは確かに朗報だな」


 家臣から伝えられた情報に先程まで不機嫌に歪んでいたエリツァールの顔がほころぶ。他人の不幸でこうも喜ぶ者は他に居ないだろう。

 心まで闇にどっぷりと浸かった皇帝は果たしてどこへ向かうのか。いやらしい笑顔を見せたその瞳に正義の炎が宿ることはもう無いのだろう。



 ♢



「よし、それじゃあ行くか。ドルトヒルゼン聖王国に」


 俺の言葉で後ろに控える魔物達が大きな歓声を上げる。一応、ダンジョンが攻め込まれても良いように一定数の魔物達はダンジョン内に残っている。

 ただ、ダンジョン主達は戦闘員として来てもらっている。流石に国を一つ落とすとなるとそれなりの戦力は欲しいからな。


「まさかグリフ様にこれだけの、しかも魔物のお仲間が居るとは思いませんでした」

「だろうな。俺が今でも信じられないくらいだし」


 ルルーシアの言葉に俺はそう返す。

 魔物達はダンジョンの心臓に魔力を与えていただけで作り出された存在だ。俺自身にそれほど生み出してやったという自覚はない。

 なのにこうも慕われているとその自覚が無いことで逆に申し訳なくなってしまう。まあ今となってはダンジョンの主達に関してはもう家族のような感覚に近いけど。


「グリフ様、斥候からの伝達です。どうやらドルトヒルゼン聖王国を支配しているのは魔伯爵ルゴラウスという魔族とのこと。どうやらすべてを焼き尽くす地獄の焔を操ることから『紅王』と呼ばれ恐れられているそうです」

「ありがとうドウジ。なるほど地獄の焔ねぇ。それに伯爵位の魔族か。かなり強そうだな」


 上級魔族には階級という物が存在する。下から順に魔男爵、魔子爵、魔伯爵、魔公爵、そして大魔公、魔皇帝である。まあ俺もルルーシアから聞いただけだから詳しくは知らないけど。

 でも魔伯爵って言うくらいだから上から四番目に強い上級魔族って事だ。当然その力は強力なんだろう。


「いざとなったら皆俺を置いて逃げて良いぞ」

「グリフ様を置いて逃げることはあり得ません。それにその必要はないように思いますよ」

「そうか?」


 まあファブニルやルースが負けるのは全然想像つかないか。


「頼もしいぜ」


 そう言いながら俺達はダンジョンが誇る移動魔物である天馬にまたがり、空を駆けていくのであった。 

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