第6話 ハマタクの推理・ハウダニット編
俺は、休憩スペースに俺以外のサークル員3名と、本多刑事を呼び、各自ソファに座ってもらった。俺は、ソファを1つ動かし、長方形型のローテーブルの短い方にくっつけ、5人目の席を作って、そこに座った。所謂、誕生日席というやつだ。
「で、なんで呼んだんだっけか」
頭を搔きながら、しかめっ面を浮かべて本多刑事は俺を見てきた。声にイラつきが込められている。
「犯人がわかったんです」
俺がそう言うと、4人とも同時に、驚愕の表情を示した。
俺の推理の発表が今始まろうとしている。ミステリー小説はよく読むが、まさか俺が探偵側に立つことが人生であるとは思っていなかった。
「どういうことだい?、犯人がこの中に居るってこと?」
細山は額に汗をたらしながら、緊張した面持ちになってそう聞いてきた。
「はい。それは今から話します」
「はあ、ちょっと待ってくれ。探偵ごっこはやめてくれ。俺達警察は仕事できてるんだぞ…」
眉間に皺を寄せながら、本多刑事は怒声をあげた。たかが学生の推理なんてあてにならないし、聞いても時間の無駄だと思っているのだろう。
唾を嚥下し、口を開ける。
「きちんと、根拠はありますよ!」
俺はそう言いながら、とある紙を見せた。それはA3コピー用紙に俺がペンで書いた、女性陣の証言を基に、今日の夕食後の彼女たちの行動だけを時間ごとに整理したものだった。先程細山が書いたものの裏に書いたので、少し環境に優しい。
「なんで、細山とハマタクの行動は書いてないんや?」
と下北沢はハの字眉を浮かべ言ってきた。
「事件の経緯を考えると男性は外すことができるからだ」
俺はきっぱりとそう言い切った。
4人とも紙を覗き見た。
【事件前後の女性陣の行動】
20:00頃
山川・下北沢→ゲームコーナーでUFOキャッチャー
早上→部屋でローカル番組を見る
20:30頃
山川・下北沢→大浴場へ(貸し切り状態)
早上→依然、部屋でローカル番組視聴
21:00頃
山川・下北沢→大浴場で話に夢中
早上→大浴場へ(山川・下北沢には遠慮して話さなかった)
21:30頃
山川→サウナ室に入った後、部屋に戻ると言って大浴場から外へ
下北沢→大浴場に居た
早上→大浴場に居た
21:45頃
山川→不明
下北沢→露天風呂で早上を発見。声をかけず、部屋に戻るが、鍵がかかっており、部屋に山川が居ないと思い、山川を探す
早上→露天風呂で外を眺めていた。その後も大浴場には居た
22:00頃
山川→不明
下北沢→細山と一緒に捜索
早上→大浴場に居た
22:30頃
山川→不明
下北沢→細山と一緒に203号室を訪問
早上→大浴場を出てきて、203号室前で3人と合流
23:00頃
山川→死亡確認
下北沢・早上→その事実を知る
「読んでくれましたね」
「まあ、一応…これがどうしたんだ?」
と本多刑事は言った。依然イライラしている。
「見てください。21:30頃と21:45頃に空白の15分があるんです」
俺は該当箇所を指さしながら、そう言った。
「確かに、そうですね、けどそれがどうしたんですか?」
早上は動揺も示さず、いつも通りのゆっくりとした口調でそう呟いた。さすが演技派女優だ。
「21:45に、下北沢は露天風呂で早上さんを発見したんだよな?」
下北沢に顔を向け俺は聞いた。
「まあ、せやけど…それが?」
下北沢は訝しげな眼で俺を見つめてきた。
「考えろよ、下北沢…露天風呂に行くドアはどういうタイプだったんだ」
「あっ!」
素っ頓狂な声を上げる下北沢。彼女はこう言葉を継いだ。
「せや…露天風呂に入るドアは、押しボタン式の自動ドアや!!」
「それがどうしたんだよ…」
そう、本多刑事はボソッとツンとした声で言った。
「押しボタン式の自動ドアってことは、開閉音が必ずするはずなんですよ!!」
俺は本多刑事に目を向け、言い聞かせるように、大きな声でそう言った。
そう、開き戸や引き戸の場合は、人間1人通れるぐらいの隙間を開けて入ったら、開閉音はほぼしない可能性が高いが、一方で、押しボタン式の自動ドアの場合は、必ず大きくドアは開き、勢いよく閉じるわけで、露天風呂に居たらドアの開閉音は必ず聞こえるはずなのだ。
「ってことは、早上さんがウチに全く気づかんかったはずはなかったんか!!」
下北沢が早上に顔を向けて、気付きの声をあげた。
早上を除くその他一同は一斉に早上に視線を向ける。
早上は口を一文字にして、目を見開いた。
「そうだ。露天風呂で外を眺めているのは自然なことではあるが、ドアの開閉音を聞いているはずの早上さんがそのことを証言していないこと、その時、振り向いてなかったのはおかしい。だって、2人が大浴場に居たことを早上さんは知っていて、このホテルは俺達だけしか宿泊していなかったわけだし」
「確かに、その状況やと、普通やったら、振り向くぐらいはするなあ。まるでなんか隠しているんかって感じや!!」
「そんなの、ぼおっと外を眺めていたら、気づかないってこともあるでしょ!」
早上は、痛いところをつつかれたのか、さすがに狼狽が顔に表れていた。声も突然大きくなっている。動揺を隠せていないという感じだ。
「早上さん、白を切る気ですか。あなたが、露天風呂の外を眺めたふりをしていると、利点がいっぱいあるんですよ。例えば、急いで犯行を行った後に顔に出た疲れを隠すためとか、アリバイ作りのためとか、凶器を隠すためとかね…」
その言葉を聞いたとき、早上の表情に一瞬陰りが浮かんだ。俺の読みは当たっていたらしい。
「どういうことだい?僕の頭だと理解できないよ…」
こめかみを抑えながら、細山が困惑の声をあげた。
「わかりました、俺の早上さんの犯行方法に対する推理を今から話します。まず、普通に考えたら15分で人を殺して戻ってくることなんて考えられないですね。これがアリバイ作りに繋がるんです。不可能犯罪なので」
「そりゃあ…」と本多刑事は呟く。
「けれど、それはあくまで普通の環境でのことで。このホテルという特殊な環境なら可能なんですよ。なぜなら、浴衣は、裸でも一瞬で着られますから」
その言葉を発すると、早上は俯き、周りの3人は目を点にさせた。
休憩スペース全体に張り詰めた空気が走る…
「そして、多少髪が濡れていても、このホテルという場ではそこまで他の人は気にしません。お風呂上がりの場合、髪の毛の長い人は基本湿っていますからね。なので、髪や身体全体をざっと拭き、最短2分ぐらいで浴衣を着られるわけです。大浴場から俺らが泊まっていた3部屋までは歩いても3分くらいです。大浴場を出て体を拭き、部屋に辿り着く、ここまで計5分です」
ふぅと俺は息を吐いた。ここからがこの推理の重要な所なのだ。
早上以外の3人は固唾を呑んで俺の推理を聞いている。
「早上さんはまず、犯行前に204号室のベランダから203号室の窓を覗いたんだと思います。俺が部屋で何をしているか確認するために。ただ、この確認作業は、最低でも2分はかかるだろうし、ドアを開く音で部屋に戻ってきたことが俺に気付かれる可能性が高いし、危険な賭けでした。しかし、俺は寝落ちしていて窓側で寝ていました。カーテンをかけていなかったし、電気もつけっぱなしだったので、部屋の中は丸見えです。俺の寝顔を見たとき、彼女はほくそ笑んでいたと思います。俺が起きていたら、犯行を辞めるつもりだったのかもしれません」
「ん?君だけを確認したのかい。君意外に部屋に僕が居ないと確信を持っていたのはなんでなんだい?」
と突然、疑問符を浮かべながら細山が口を挟んできた。
「俺の勘なんですが、細山会長、大浴場でストレッチするとき、掛け声とか発してませんでした?」
「あっ」と素っ頓狂な声をあげ、細山が口をあんぐり開けた。図星だったのだろう。
俺は自分の推理を発し続ける。
「早上さんは最低でも7分もう使ってしまいました。残り8分で、山川を殺して大浴場に戻ったということです。さながらアサシンですね…この犯行時間を考慮すると、山川は鍵をかけていなかったとしか考えられません」
俺は下北沢に目をやった。
「別に口で約束してたわけやないけど、山川やったら、そういう気の利いたことはするかもしれんな…」
と下北沢は話した。
この山川の行動は不確かな情報ではあるが、時間的にそうでないとおかしい。
下北沢が発した直後、早上の表情からこれが事実か読み取れるかと思い、彼女の方に目をやったが、依然俯いており、表情を読み取ることすらできなかった。
そのため、とりあえず俺は、その真偽は置いておいて、推理の披露を続けることにした。
「山川は下北沢が帰ってきたと思って、ドアの方を見たら、早上が濡れたまま現れて少し驚いたに違いありません。しかし、サークルの仲間で信頼関係を崩したくないのもあり、臆病な彼女は何も言えなかったのだと思います。
早上さんは、部屋に入った後、恐らく、自分の部屋のトイレが故障したから、貸して欲しいみたいなことを言い、ユニットバスと洗面所があるスペースに向かいました。
そして、ユニットバスの扉の前にある洗面所のアメニティから髭剃りの入った袋を取り出しました。すぐさま、髭剃り本体をそこから取り出し、トイレのタンクに袋を破り入れた早上さんは、何かしらの方法で、まあ多分、力に任せてプラスチック部分を、洗面所に叩きつけるなどしてヒビを入れたんでしょうが、髭剃りの刃の部分だけを取り出しました。
その後、素早く山川に襲い掛かり、怯えた表情の山川を布団に押し倒し、口に布団の端の部分を突っ込んだはずです。これは叫び声をあげさせないためです。犯行後の現場には何も物は落ちてませんでしたし、これだけ探しても髭剃りの袋しか見つけられない現場の様子、また、犯行時間の短さを考えると、これしか考えられないです。
そういや、従業員さんの証言を聞いてない状態で立てた仮説なので、確認のために一応聞いておきますが、本多さん、山川の叫び声を聞いたという証言はありませんよね?」
「ああ、そうだ」
突然話しかけられて驚きながらも、つっつけどんな感じでそう本多刑事は呟いた。
「体格差があったので押し倒すのは容易だったでしょう。その後、山川の首元を刃で思い切り力を込めて切りつけたんだと思います。じゃあなんで、早上さんの浴衣に返り血が付いて無いかといいますと…切りつけた直後に布団の裏側を盾にして、返り血を浴びるのを防いだのだと思われます」
「確かに、犯行現場に行った奴が言うには、布団の裏側に血がやけについていたらしいし、その説は合ってそうだ」
本多刑事はメモ帳を見ながらそう言った。
「首元から出る多量の出血を確認すると、早上さんは自分が犯人であることをわからせないように、密室を作り、すぐさま、大浴場に戻ったわけです。大浴場に戻る時間が3分だと考えると、殺害時間は5分程だと思われます」
「早いな…確かに、まるでアサシンみたいだ…で、その密室とやらはどう作ったんだよ早上は?」と本多刑事。
「本多さんが言う通りだよ。それがここでは重要だと思うけど」と細山。
「…仮に早上さんが犯人やってもそこが立証できへんとモヤモヤするわ…」と下北沢。
ついに来たか…密室トリックの説明をするときが…
ドキドキするぜ…
俺は先程、今回の事件の推理を頭の中でまとめていく際、密室トリックに関しては時間をかけて悩んでいた。密室トリックは俺が読んでいる推理小説の中ではよく出てくる…が…今回の場合、裸で浴衣を着ていたはずなので、針と糸、針金、VHSテープなどを用いたトリックは考えられない。俺は頭を巡らせてみるが結局、トリックが浮かばず、俺の頭の固さに絶望し、最終的に…
俺は自分で考えることをやめた。
俺は、SNSアプリで”密室 道具無し”と検索をかけたのだ。
その際、このような文書が出てきた。
『俺、ガキの頃よく家のトイレで道具無しで、密室作ってたわ~(笑)』
俺はすぐにその文書を呟いたユーザーにリプで密室の作り方の詳細を聞いた。夜遅くにもかかわらず、リプ後1分も経たずに、その人は俺のSNSアカウントをフォローして、DMを返してきた。いわゆるSNS廃人だったのだろう。だが、そのおかげで助かった。
DMの内容はこうだった。
『俺の過去の発言に注目してくれるとは…変人ですか(笑)!!?
良いですよ!教えてあげますよ(笑)!!
まず、ドアの内側で鍵のつまみを施錠ギリギリまで回して、外側に出ます。
この際、鍵をかけたときに出てくる、あの突っ張り部分は、少し出る程度にしてください。出し過ぎると、ドアを閉められなくなるので。
次に、外側からドアノブのレバーを何度も上げ下げします。
すると、振動で、突っ張り部分が徐々に出てきて、最終的にロックのかかる長さまで到達します。すると、つまみの位置も水平になって密室の完成です。
以上が俺がガキの頃生み出した密室トリックです。
ご参考に(笑)
(何の参考にすんだよ!)
くれぐれも悪いことには使わんといてくださいよ!!!!』
※図解:『××女子大学生殺人事件』の密室トリック - カクヨム https://kakuyomu.jp/users/muratetsu/news/16818023214174787510
まあ、というわけで、どうにか俺は自分の発想ではないが、何も道具を使わない密室トリックにたどり着いたわけである。
俺は、その密室トリックについて皆に説明した。
まるで自分の考えた案のように…
早上を除く、一同は驚きと称賛の混じった声をあげた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます