第3話 密室での殺害

「山川、サウナに入ったんかと思ったら、のぼせたんか知らんけど、すぐに顔真っ赤にして出てきてちょっと部屋戻る…、って言って先に部屋に戻ったんや」

 下北沢が顔を曇らせて語った。彼女のいつもの雰囲気からは想像できないレベルの顔の曇らせ方だ。余程、山川のことが心配なのだろう。

 

「それで、下北沢さんが部屋に戻って、何度も部屋の呼び鈴を流したんだけど、全く反応が無かったらしいんだ。下北沢さんはいくつもの階段を上り下りして、ホテル中を探して、山川さんを探し始めた。そのとき、ちょうどお風呂上がりの僕が彼女に出くわして一緒に捜索してたわけ」

「それでホテル中を探して、従業員さんにも聞いたんやけど、全く手がかりは掴めんかったんや」

 そう言った後、下北沢は深いため息をついた。

「それで、何で俺と細山の部屋に?」

 下北沢に俺が寝ぼけまなこを浮かべながらそう聞くと、彼女は顔を赤らめ、

「あんたたちが、そういう関係やないかと私思ったんや!」

 と叫んだ。

「いや、それはないよ」

 と俺は抑揚のない声で即答した。

 俺は狭い一集団での恋愛がどれ程ややこしいことを生むか高校での写真部で思い知っていた。所謂サークルクラッシャーに該当する女性が写真部に居て、部活に入っているオタクたちを破滅させたのだった。その時から、俺はどんな可愛いでも、絶対に狭いコミュニティの中では手を出さないようにしている。というか、俺は恋愛経験もないし、自分に自信もそこまでないので、女性に手を出すことはそもそもするわけが無いのだが。


「まあ、確かに制作スタッフで裏方として映画制作中、距離の近い仲ではあったけど、僕が聞いている限りだと、山川さんとハマタク君が話しているのはあくまで映画制作に関する話だけだったな…」

 と細山は首を傾げながら斜め上を見て、何か物思いにふけるという感じで言った。

 

「じゃあ、山川は今どこにいるんや!!?」

 下北沢は悲痛な叫びをあげた。目には涙が浮かび始めていた。

「これだけ探しても見つからないってことは…部屋で寝ているんでは?」

 と俺は呟き、ごくりと唾を呑みこんだ。


 そのとき、204号室の右側にあるエレベーターホールの方からエレベーターの開閉音がして、早上が現れた。エレベーターの中でも声が聞こえていたのだろうか。心配そうな表情を浮かべていた。


「どうしたの?下北沢さん」

「山川が居なくなってもたんや!!」

 下北沢はそう言いながら、早上に近づき、肩を掴み泣き崩れた。

 早上の顔には驚愕の表情が浮かんでいた。

 

 彼女が泣き叫んだ直後、私たちの大声を聞いてか、ホテルの従業員の1人がロビーのある1階から階段を駆け上がってきた。

「大丈夫ですか!!?」

 息を荒らげながら、従業員は大声でそう言った。


 俺は従業員にすぐさま、「彼女が部屋に入れないから、マスターキーで205号室を開けて欲しい」と頼んだ。詳しく話すと時間がかかるのであくまでこれだけしか言わなかったのだが、ただならぬ気配を感じ取ってか、それとも下北沢が山川を探していた件を知っていたのか、従業員は猛スピードで階段を下りて行った。

 

 従業員は数分後、マスターキーを掲げながら走って現れ、205号室の鍵を開けた。

 ガチャリと音がした。


 205号室の中はやけに静かだった。

 部屋の中は暗く、従業員がスイッチを押し電気を点けた。明るくなると、まず見えたのは、205号室の鍵だった。鍵は壁にある差し込み口に差さったキーホルダーにぶら下がっていた。キーホルダーには、205号室と確かに書かれており、きちんとこの部屋のものだった。

 ということは…やっぱり山川は寝ていただけなのだろうか。

 そう思いながら、俺は従業員と一緒に部屋の奥の方へゆっくりと進んだ。

 

 シングルベッド2つが壁に対して垂直に並んでいるのが見える。

 奥の方、つまり窓側のベッドに山川が布団を被っているのが見えた。

 最初はやっぱり寝ていただけだったのかと思ったが…


 それは違った。


 彼女の首元からは赤い血が流れており…

 枕の一部分が血で染め上げられていたからだ。

 

 従業員は目を見開いて、口をあんぐりと開けていた。

 恐怖からか、身体全体が緊張している様子だった。

 

「嘘だろ…」

 俺は彼女から目を逸らし、俯きながら、思わず、そう呟いた。


 時刻は23:00を回ろうとしていた。

 

 鍵は1部屋につき1個しかなく、もちろん、マスターキーはホテル側しか持っていない。それなのに、この部屋の鍵はかかっていた。

 彼女の周りに首元を切るような鋭利なものはなく、

 つまり…これは密室殺人だと考えられた。

  

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