第2話 楽しい?夕食会場と帰室

 細山と俺が大浴場の外に出た直後のことだ。

 大浴場の横にあるゲームコーナーの方から声がした。

「アーム弱!!渋!!」

 そこに居たのは、下北沢と山川の2人だった。

 2人仲良くUFOキャッチャーをしているらしかった。

 下北沢はUFOキャッチャーを睨みつけて少し怒りの表情をあらわにしている。

 彼女は男勝りな気性をもっており、思ったことをすぐ口に出す。

 一方で、山川は、見た目はボーイッシュだが、基本おどおどしていて言葉数が少なく、気が弱い。

 まるでプラスとマイナスのような対照的な2人だ。しかし、だからこそお互いの足りない部分を補うことができ、親友を続けているのかもしれない。

 

 俺たちに気付き、下北沢は満面の笑みを浮かべて手を振ってきた。山川も小さく手を振っている。

「会長とハマタクやん!お風呂上がり?ウチらは実はまだなんや」

 下北沢は、大きな声でそう言ってきた。

「ああ、そうだよ」 

 と細山は笑顔を浮かべて返した。

 何気ないやり取りだというのに、イケメンと美人が行うと絵になるな… 

 フツメンの俺は、少し腹が立った。

 山川はいつも通り、下北沢の後ろに隠れていた。

 

 皆の服装はホテルの部屋にあった備え付けの浴衣である。

 この浴衣は、太っている人でも着られるようにか、どのサイズのものもかなり緩めに作られており、皆一様に少しぶかぶかでまるで兄からのお下がりを着た小さい弟のような感じだった。浴衣の合わせ目の隙間から偶然目に入ってしまったのだが、女性2人は中にTシャツを着ているようだった。

 

 その後、その場で、これからの夕食の話や最近、映画館で観た映画の話などを皆でしていると、大浴場の女湯の出入口に向かって、歩く早上の姿が見えた。彼女もまた浴衣姿である。他の皆と違い、さまになっていた。彼女のロングの黒髪はいつ見ても艶やかだ。ヘアエステにでも行っているのだろうか。


「早上さん、ストップ!!」 

 細山が突然、彼女に声をかけた。

 彼女は、その声に驚いて、肩を竦めて立ち止まって、ぎこちなく振り返った。

 そんな彼女に対して、細山はこう言葉を継いだ。

「後15分で夕食の時間だよ!!」

「びっくりした…会長か。夕飯の時間忘れてました。教えていただきありがとうございます」

 そう言って、ふぅーと彼女は息を吐いた。その様子でさえ少し雅だった。

 

 俺達は5人全員で夕飯の会場に向かった。確か洋食のビュッフェだったはずだ。

 会場に着いて、5人皆が驚いた。

 俺達以外の客が全く居なかったからだ。ここ以外でこのホテルで夕食を摂れる場所はなく、宿泊料金には夕食代も含まれていた。ということは…来た時から、薄々感づいていたが、山奥にあるこのホテルは俺達以外の客はいないらしい。宿泊料金も相場より安かったし…なにかここは曰くつきなのかもしれない…

 

「まさか貸し切りだとは!おもしろいね!」と細山。

「いや~、本当ですね。貸し切り!!」と彼に同調する早上。

「いっぱい食えるな!」と下北沢。

「ちょっと…怖い」と山川。


 皆、各々、食事を取ってきて、順々に席に着いた。皆が席に座った後、細山が「乾杯!」と言って、コップを掲げた。乾杯と言っても、会長と早上以外は未成年なこともあって、皆コップに注がれているのはドリンクバーのジュースだが。


 食事の際に気になったのは、早上が意外と大食だったことだ。何度も食事を取りに行き、30分くらい経った後、「ビュッフェにある食事を全て食べた!」と豪語して いた。謎多き美女である。

 食事が一段落を終えると、この間撮った映画の話になった。

「本当、良かったよ。あの映画、500万再生も行って。脚本を練りに練ったし、努力が実を結んだって感じだよ!!そういや、早上さん、あの映画を観た芸能事務所のマネージャーから事務所に来ないかってオファーが来たんだったっけ?本当良い演技してたもんな…」

 と細山はジュース左手に持ち、景気の良い明るい声で言った。

「そうですね…一度説明を受けに行ったんですけど…ちょっと、その事務所が最初に持ち出したのは、少年雑誌の表紙に私を載せて、『今動画サイトで話題の少女!』って触れ込みと一緒にまず顔を売り出そうという提案で…私が求めているのとはちょっと違ったので、その事務所に入るの、断っちゃいました…」

 早上は右手で口を覆いながら、少し暗い表情でそう言った。

「へえ、知らんかった。ウチは全くそういったことなかったしな…」

 下北沢はそう言った後、右手で持っていたフォークをチーズケーキに突き刺し、頬張った。

「そ…そんなことあったんですね…た…確かに…早上さんの役は早上さんの落ち着きのある性格と合っていたのもあって、と…とっても魅力的でしたしね」

 山川は右手で胸を抑えながら、少し不安げな表情を浮かべてそう言った。と言っても彼女は大勢で会話する際、いつも不安げな表情を浮かべているのだが。

「俺も知らなかったな。まあ、早上さんは美人だし、そりゃあ芸能事務所から声がきますね。後、俺も綺麗な映像取れるように撮影頑張ったし!」

 俺が右手でカメラを構えたようなポーズを取って、笑いながらそう言うと早上さんは顔を紅潮させた。

「おいおい、僕の脚本と編集があったからこそ、彼女が一層輝いたことを忘れるんじゃないよ!!」

 細山はそう、ちょっと眉を顰めて言ったかと思うと、冗談だったらしく、すぐに笑みを浮かべて、こう言った。

「結構、良い時間になったし、ここからは、各自で行動しよう!!」

 時刻は20時になっていた。


 細山はもう一度大浴場に行くと言ったが、俺は部屋に戻りたかったので、部屋の鍵を借りた。このホテルの鍵は、昔ながらという感じで、鍵に部屋番号が記された長方形のアクリル製のキーホルダーが付いている。なぜか各部屋につき1個しかなく、鍵を持っていない人が部屋に戻る場合はこのように、持っている人から鍵を借りないといけない。正直、不便である。

 そういや、大浴場には細山以外の他の3人も向かったはずだ。貸し切りであるので、男湯と女湯で壁越しに話をできる、あの貴重な体験ができたかもしれない。少しもったいなかったか…まあ…今更戻るのも、下心があるみたいで変だしな…

 

 部屋の前まで着いた。俺と細山の部屋は203号室だ。その右隣の204号室が早上1人の部屋。203号室と204号室の間の壁の向かい側にある205号室が下北沢と山川ペアの部屋である。3つの部屋のドアの位置を線で結ぶと、ちょうど正三角形になっている。

 204号室も205号室もドアを開けた際の音は203号室内からでも聞こえる。

 

 鍵穴に鍵を差し、左に回して、203号室のドアのロックを解除しようとしたが、上手くいかない。

 力を込めてもう一度左に回す。すると、カチャと鍵の開く音がした。

 鍵穴に油をさしていないのか、それとも、シリンダー部分が年季が入っておかしくなっているのかはわからないが、とにかく、開けるのには力が必要なのだろう。他の部屋も同様に開けにくいのかもしれない。

 オートロックじゃないし、セキュリティのためにも、もっとちゃんとメンテナンスしとけよと俺は一瞬思ったが、客の入りをかんがみるとそんな経済的余裕は無いのかもしれない。

 ドアを開け、客は俺たち以外にはいないが、防犯のためにも、念のために内側からつまみ(サムターンというらしいが)を回し、ドアに鍵をかけた。こちらは割とスムーズに行った。鍵に対する油のさし方が均等で無いのかもしれない。

 部屋に入ってすぐに、カバンから、先日、新装版が出たばかりのミステリー小説を取り出し、ベッドの上で読んでいると、眠気が襲ってきた。まずい。このまま寝ると…細山が…


 ピンポン、ガチャガチャ、ピンポン、ガチャガチャ、ピンポン、ガチャガチャ…


 という部屋のチャイムの音とドアノブを下げる、大きく、せわしない音の繰り返しにより、俺の目は覚めた。細山が風呂から上がって、部屋の前に戻って来たらしい。のっそりと起き上がり、ドアの鍵を開けた。

 すると、そこには、細山と…何故か下北沢が居た。

 下北沢が大粒の汗をたらしながら、不穏な表情を浮かべてこう聞いた。

「山川がどこにいるんか知らへん?」

 

※利き手の描写が多くありますが…この後の話には全く絡んできません。

 

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