彼女と猫とおまけの僕

花 千世子

彼女と猫とおまけの僕

ひいらぎくん。今週末、買い物に付き合ってくれない?」


 放課後になるが早いか、三宅寧々子みやけねねこは僕の机の前に来てそう尋ねてくる。

 僕は帰り支度をする手を止め、彼女に視線を向けた。

 大きな瞳に見つめられドキリとする。

 三宅は「土曜日」と付け足した。


「うん。いいよ」


 僕がそう答えると、「良かったあ」と言って満面の笑みを見せて、そして早々と教室を出て行く。


「いいなあ。彼女」

 一部始終を見ていたらしい友人の中村に肩を強めに叩かれる。

 三宅がいなくなった教室のドアを見つめたまま、僕はため息をついた。

 

 帰り道をとぼとぼと歩きながら、落ちていた小石を蹴飛ばす。

 去年の冬休みの直前に、玉砕覚悟で三宅に告白したら、『うん。私も柊くんのこと気になってたんだ』と言われた。


 入学式の時に彼女に一目惚れをした。

 その後、落としたハンカチを拾ったお礼にと家庭科の時間に作ったクッキーをもらい、それが美味くてまた惚れてしまったんだよな。

 まさか付き合えるとは思っていなくて、冬休みは幸せで幸せでしかたがなかった。

 だけど、三宅にはちょっと困ったところがあったのだ。


 僕は再びため息をつく。

 目の前を横切るキジトラの猫。

 三宅がこんな猫に遭遇したらどこまでも追いかけて行きそうだ。


 そうなのだ、僕の彼女は大の猫好き。

 彼氏よりも猫を優先するくらいに。

 

「ただいまー」


 家に帰ると、真っ先にこちらに駆けてきたのは飼い猫のミルクだ。

 真っ白なふわふわの毛に、真ん丸の青い瞳の美人で、もうすぐ一歳。

 そりゃあ、猫はかわいいよ。

 半年前に保護したミルクは、すぐに我が家のアイドルとなったくらいだし。

 僕はミルクを抱っこして自室へ続く階段をのぼる。


 今日で何度目か分からないため息をつき、ミルクと共にベッドの横になった。

 ぴょんと床へ降りる白猫に、「冷たいなあ」と呟いてから、ごろんと寝返りを打つ。


 確かに猫はかわいい。それは飼ってみて分かった。

 だけど、三宅のかわいがり方は、ちょっと度を超している気がする。

 腕や手にいつも傷があって絆創膏を巻いているのは、飼い猫であるヤマトと遊んでいてできる傷らしい。『痛いけど幸せ』だそうで。

 いつも眺めているのはスマホで撮影したヤマトの写真か、ネットから集めてきた猫写真。

 髪飾りや文房具など、身の回りのものはすべて猫グッズでかためられ、話の八割は猫の話。

 まあ、それだけなら別にいい。


 問題は、猫に愛を注ぎ過ぎて僕のことをすっかり忘れていることだ。

 今年のバレンタインデーは期待したのに、何ももらえなかった。

 おまけにここ数日は『用事があるから』と言って一緒に帰ってすらもらえない。

 今日もそうだったし。

『一緒に帰れなくてごめんね。この埋め合わせは絶対にするから』というフォローのメッセージがスマホに何度も入るけれど不安しかない。


「僕、三宅に嫌われたのかなあ」


 そう呟くと、ミルクがにゃー、と鳴いた。


「お前もそう思うか。でもな、今週末の土曜日は一応、デートなんだ」


 天井を見つめる。三宅の笑顔が浮かんだ。

 今週の土曜日は、僕の誕生日。

 覚えていてくれたのだろうか。

 うん、きっとそうだ!

 

 デート当日は駅前で待ち合わせ。

 時間十分前に現れた三宅は、グレーのニットに深緑のスカート、上に白いコートを羽織っていた。かわいい。

 でも、ニットはさり気なく猫柄だし、カバンの隅にもさり気なく肉球マーク。

 本当に相変わらずだ。むしろ今日の私服は大人しいほうだろうか。


「買い物ってどこ行くの?」


 僕がそう尋ねると、三宅は軽い足取りで答える。


「いろいろと回りたいの。いい?」


 そう言って首を傾げる。うちのミルクが餌をねだる時に似てる。


「いいよ。そのつもりだし」

「わーい!」


 三宅はスキップして、僕から離れると、こちらを振り返った。

 顎のあたりで切りそろえられたつやつやの黒髪、真っ白な陶器みたいな白い肌、大きな瞳は少し吊り上がって猫みたいで、小ぶりな鼻と口はかたちがいい。

 おまけにスタイルが良いからまるで雑誌のモデルみたいだ。

 こんなにかわいい子が僕の彼女だなんて信じられない。


 目的地はアウトレットモールかと思いきや、まずは最初に百円ショップに寄った。


「さーて、何がいいかなあ」


 三宅が見ているのはパーティーグッズのコーナだった。

 もしかして、僕の誕生日パーティーを開いてくれるとか?!

 案の定、猫柄の紙コップとか紙皿を手に取っている。三角の旗が並んだ飾りとか紙吹雪とか、どんどんカゴに入っていく。

 これは家に招いてくれる気なのかもしれない。

 そして、三宅はレジで会計の列に並んだ時、こんな発言をした。


「やっぱさあ、今日は特別な日だから飾り付けもきちんとしないとね!」


 僕の誕生日、覚えててくれたんだ!

 うれしさのあまり、小さくガッツポーズをした。

 バレンタインデーに何ももらえなくてガッカリしていたけど、それから一週間以上が経ってこんな形でお祝いをされるのなら、本命チョコをもえらえるよりもうれしい。


 アウトレットモールへ着くと、三宅はさっきのパーティ―グッズをロッカーに入れた。

 二人でおしゃれな店が並ぶ石畳の通路を歩いていると何だか外国を歩いているみたいだ。


「あ! あそこの服屋、五十パーセントオフだって!」


 三宅がそう言って一軒の服屋を指さしてこちらを見る。


「うん。好きなだけ見て回って」

「え?! 一緒に行かないの?」


 三宅が驚いたような顔をした。


「いや、一緒に行くけど。むしろ来てほしくない?」

「ううん。一緒がいい!」


 三宅はそう言って笑うと照れくさくなったのか、店の方へと走り出してしまった。

 うん。かわいい。

 僕、結構、幸せ者なのかも。

  

「あああっ! このニット猫柄だ! でも、こういうのいっぱい持ってるからお姉ちゃんとお母さんに『同じ服ばっかり』とか言われちゃうかも」


 三宅はワゴンセールのピンク色のカーディガンを眺めながら言う。

 ポケットから猫が顔を出しているデザインだ。


「でも、これかわいいよねえ」


 三宅は隣の僕を見る。


「うん。かわいい。でも、三宅のお母さんとお姉さんの言うことも一理ある」

「もー。柊くんまでー」


 彼女はそう言うとぷくーっと頬をふくらませる。

 なんと萌える表情。

 写真撮りたい。 

 僕は、悩む三宅の力になるべく、辺りを見回して良さそうな服を彼女に見せる。


「これとか似合いそう」


 そう言って僕が見せたのは、胸の辺りにボンボンのついた白いニット。


「あー……。かわいいんだけど、このボンボンをヤマトがおもちゃだと勘違いしてパンチしちゃうなあ。着てすぐに穴が開く可能性があるよー」


 僕はめげない。ニットを元の場所に戻すと、再び店内をキョロキョロしてから、今度は青いパーカーを見せる。


「これとかどうかなあ?」

「ポケットの生地だけ黒のギンガムチェックってのがオシャレだねー。いいなあ」


 お。好感触? 

 そう思ったのも束の間で、三宅は厳しい顔になって口を開く。


「パーカーって紐あるでしょ? ヤマトはね、生後半年くらいの頃に私のパーカーの紐を食べて死にそうになったことがあるから着ないことにしてるの」


 ヤマトはどんだけまぬけ猫だよ!


「柊くんの家にもミルクちゃんがいるでしょ? 気を付けた方がいいよー」


 真面目な表情で言う三宅に『うちの猫はそんなにまぬけじゃない』とは言えなかった。 



「ちょっと休もうか」


 散々迷った挙句、服の購入をあきらめた三宅がそう提案してきた。


「あれ? 服は買わなくてもいいの?」


 僕の問いに三宅は苦笑いをしながら答える。


「『迷ったら買うな』ってのがうちのお母さんの口ぐせなんだ。だから、今日は私もそれを見習って買わない」

「なるほど」


 僕は納得しながら、「お腹ぺっこぺこー!」と空腹の割には妙に楽しそうな三宅と共にフードコートへ向かった。



「ねえねえ」


 パスタを食べ終えた三宅が、ミルクティーを飲みながらこちらを見た。


「ん?」


 僕はそれだけ答えてカフェオレのカップに口をつける。

 三宅は指でストローの袋をもてあそびながら言う。


「前から思ってたんだけど」


 なんとなく彼女のグラスに視線を落とす。いくらフードコートの中は暖房が効いているといっても、こんな真冬にアイスミルクティーって寒くないのかなあ。

 人一倍寒がりのくせに。

 そんなことを考えていたら、突然、三宅に手を触られて飛び上がりそうなほど驚いた。

 心拍数がどんどん上がるのを感じつつ、自分の手元を見る。 

 三宅はストローの袋を輪っかのようにして遊んでいた。

 なんだ。一人遊びか。


「柊君って手、きれいだよね。顔は女の子みたいだし手もきれいだし羨ましい」


 三宅が突然、そんなことを言ってにっと笑う。手なんか褒められたのは初めてだ。  

 顔が女っぽいってのはよく言われるけど。

 それよりもなんで急にそんなことを言うんだか。

 彼女の行動や言動は突拍子がないものが多い。

 一緒にいて飽きないけど。


「そろそろ出よっか」


 三宅はそれだけ言うと、ぴょこんと立ち上がった。

  

 楽しそうに笑う彼女と歩いていると、幸せだなあと感じて胸がぽかぽかと温かくなる。

 温かい心とは正反対に外の空気は冷たく、頬がぴりりと冷たい。

 三宅は小さな両手にはあ、と息をかける。

 こういう時にさっと手をつなげる男はカッコイイだろうな。

 でもな、突然だと嫌かなあ。

 そんなことを考えつつ、じっと自分の手を見つめる。


『柊君って手、きれいだよね』


 ふと先ほどの三宅の言葉を思い出す。

 あれはもしかして、手をつないでほしいという遠まわしのアピールなのでは?!

 再び歩き出した彼女の手は思ったよりも近くにある。

 つないで、いいのかな。

 いいんだよな。

 だって、僕達、恋人同士なのだから。

 勇気を出して三宅の手をとろうとした、その時だった。


「わあ! 見て見て!」


 弾んだような彼女の声に驚き、自分の手を慌ててひっこめる。

 三宅の視線は店先のショーウィンドーに固定されていた。

 僕もそれを覗いてみると、そこにはきらきらと光り輝く首輪が飾られている。


「これ綺麗だしかわいい。猫用の首輪だってー!」


 三宅はそう言うと、吸い込まれるかのように店に入って行った。

 小さくなる彼女の背中を見つめてため息を一つ。

 大丈夫だ。

 手をつなぐチャンスはまだいくらでもある。


 店の中には首輪だけではなく、猫用ベッドやらおもちゃやらがあり、猫用の服まであった。

 あいつら大人しく着るのかよ……。


 三宅は興奮状態で、『猫の顔みたいな形のベッドかわいい!』とか『ああ! このおもちゃ欲しかったやつだ!』などと言いながら一人で店内をうろうろしていた。

 そして、赤いリボンのついた首輪を眺めつつ三宅はポツリと呟く。


「この首輪にしようかなあ。ちょっと高いけど、今日はいいよね」

「今日はいいよね、って臨時収入でもあった?」


 僕が何気なく尋ねると、三宅は驚いたような表情をする。


「柊くん、知らないの?!」

「なにを?」


 僕が首を傾げると、三宅は胸を張って言う。


「今日はね、猫の日なんだよ。二月二十二日。『にゃん、にゃん、にゃん』って猫の鳴き声が三回あるみたいでしょ?」

「へー。そうなんだ」


 僕はそれだけ言うと、こう続ける。


「今日は、それだけ?」

「それだけって?」

「いや、他に……特別な日とかではなく?」


 僕が遠慮がちにそう尋ねてみると、三宅は視線を上に巡らせ、少し考えたあとで満面の笑みでこう返してくる。


「うん! 今日は猫の日で間違いないよ! 私が知ってるのはそれだけ」


 がっくりとうなだれた。

 僕の誕生日……完全に忘れてる……。


「猫の日はいつもヤマトにプレゼントを渡すって決めてるの。部屋も飾り付けして賑やかにするし」


 三宅の言葉がやけに遠く感じた。

 もういいや。


「僕、外で待ってる」

「え?! じゃあ、ここ出て柊くんが好きな店に行こうか」

「いい。すぐそこにあるベンチで休んでる。終わったらスマホに連絡して」


 早口に言うと、店を出た。


 ベンチに座りながら、ぼんやりとすれ違う人を眺める。

 家族連れ、夫婦、友だち同士、僕たちくらいの学生のカップルもいた。

 みんな楽しそうに目の前を通り過ぎて行く。


 僕には彼女がいるはずなのに、なんでこんなに寂しいんだろう。

 いや、理由は分かっている。

 三宅が自分を見ていないからだ。

 今日のパーティーグッズは、猫の日のためだった。

 家に招かれるほど、親密な関係じゃないしな。

 そこまで考えて、胸がぎゅっとしめつられるような感覚に襲われる。


 彼女を知れば知るほど、その頭には猫のことしかないことが分かってきた。

 だから、その目に自分が映っていないことが寂しくて、だけど『彼氏』という存在に自信を持っていたんだ。

 だけど、実際に付き合ってから僕らの距離はあまり縮まっていない。

 

 考えるのに疲れてしまい、細く長いため息をついた。

 途端に周囲の雑踏が耳に流れ込み、冷たい風が頬をかすめていく。

 上着のポケットの中のスマホを確認してみると、もう店を出てから一時間近く経過していた。

 三十分前に三宅からメッセージが来ていて、『プレゼントを選ぶのでちょっと悩むかも』という言葉が最後で、まだ連絡はない。


 もうこのまま帰ってしまおうか。

 だって、一人の方が買い物に集中できるのだろう。

 立ち上がろうとして、三宅の笑顔が浮かぶ。


 僕は、彼女のことを、どう思っているのだろう。

 外見はクールに見えるのに、気まぐれで、好奇心旺盛で、何を考えてるのか分からない時もあって、だけど態度や表情がすぐに顔に出る時もある。

 まるで猫みたい。

 僕はそんな三宅が好きだ。

 ずっとずっと目で追ってたし、せめて友だちになりたいと思っていた。

 告白が成功した時は、帰り道に一人になってから飛び上がって喜んだ。

 三宅は僕の彼女。

 だから、『今日は僕の誕生日なんだ』って言う権利があるんだ!


 そう思って勢い良く立ち上がると、「待たせてごめんねー!」という声が聞こえてきた。

 三宅がこちらに走ってくる。

 僕は意を決して、口を開く。


「あの今日――」

「これから家に来ない?」


 僕の言葉をさえぎって、彼女が先に言葉を発した。

 コレカライエニコナイ? ええっと、どういう意味だ?

 三宅の言葉の意図が分からないでいると、突然、腕を引っ張られた。


「さ、行こう行こう。ヤマトも待ってるから」


 それだけ言うと僕を引っ張ってずんずん歩いて行く。

 頭の中に?マークが浮かんだまま、二人でアウトレットモールを後にした。


 帰り道で、僕は三宅になぜ家に招待されるのかが疑問で、さまざまな質問を言葉にしようとしては、それらをすべて飲み込んでしまった。


 三宅の家に着くと、『ここでちょっと待ってて』とお茶を出されて僕は一人、リビングで待たされる。

 彼女の家にお邪魔するという人生初イベントに、緊張を通り越してむしろ冷静になっていた。

『何か手伝おうか?』声をかけると、『待ってて』と言うだけ。

 家族の人は出かけているのか、人の気配がしない。

 僕は静かなリビングで、来客に興味津々のヤマトと遊んだ。

 黒猫もかわいいな。


「柊くん。あ、ヤマトと仲良くなったんだね。じゃあ準備できたから来て!」


 三宅に引っ張られて、彼女の部屋に入ると、あちこちに飾り付けがしてあった。

 今日買った飾りだけではなく、風船やら手書きのボードやら……。

 手書きのボードを見た瞬間、僕はようやくここに連れて来られた理由が分かったのだ。

 そこには、こう書かれてある。


   柊くん、誕生日おめでとう! 猫の日ありがとう!


「覚えててくれたんだ」


 思わず言葉に出てしまった。


「うん。覚えてたよ。知らないふりするの結構、胸が痛かったんだから」


 三宅は言いながら、テーブルの上に視線を向ける。僕もそちらを見る。

 そこにはチョコレートケーキがあった。


「バレンタイン、ごめんね。渡せなくて……」


 三宅はそう言って申し訳なさそうな顔をした。


「くれる予定だったの?!」

「うん。その予定だったよ。彼女だもん」


 三宅はきっぱりと口にする。

 その言葉に安心して、それからうれしくなった。


「実はね、バレンタインデーには手作りのチョコレートケーキを渡そうと思ってたんだ」


 三宅はそこまで言うと、大きなため息をついてから続ける。


「でも、私、不器用でさ、それにケーキなんて作ったこともなかったからバレンタイン当日は大失敗しちゃって」


 僕はふとバレンタインの日の彼女の手を思い出す。指に巻かれた絆創膏がやけに多かった気がする。


「大失敗したものなんて渡せないし、既製品じゃ嫌だったの」

「いや、もらえるなら手作りだろうが既製品だろうが関係ないけどなあ」

「ダメなの!」


 三宅はそう言うとハッとして俯く。

 そして、ぽつりと呟く。


「柊くん、私が五月頃にあげたクッキーさ、美味しいって思ったよね?」

「うん。美味しかったよ」


 三宅は組んだ両手を忙しなく動かしつつ、ゆっくりと口を開く。


「あれはね、その、ミカが『見てると危なかっしい』って言って手伝ってくれたから、うまくできたんだ」

「そうだったのか」

「だから、美味しいクッキーできたからね、あの時、ハンカチのお礼に柊くんに何となく渡したら、ものすごく良い笑顔でさ、『いいなあ』って思って……」


 三宅はそこまで言うとハッとして、顔を上げる。ゆでだこみたいに真っ赤だ。


「あ、この話はもういいの! ケーキ、食べよ!」

「うん」


 僕は胸がいっぱいで、頷くことしかできなかった。

 三宅はご機嫌でケーキを切り分けつつ、口を開く。


「このチョコケーキはねー、ミカに習って作ったんだー。何度も練習して失敗作とかいっぱいできちゃって、でも、ようやくコツを掴んだよ!」

「もしかして、それで最近、先に帰ってたんだ?」


 僕の言葉に、三宅は「だって内緒だったから。でも、ごめんね」と上目づかいで謝る。

 やめてください。

 そのかわいい顔で僕をどうしようってんだ。

     

 ヤマトにも猫用ケーキが出され、美味しそうに食べていた。

 僕と三宅は、ちょっと甘すぎるチョコレートケーキを食べながら、たわいもない話をする。

 チョコレートケーキの形まで猫にするところが彼女らしい。


「プレゼントがあるんだ!」


 ケーキを食べ終えたのを見計らったかのように、三宅は両手を叩く。

 そして、カバンの中から何かを取り出す。


 白い箱に入っていたのは、ペアリングだった。

 肉球の形の飾りがついたシルバーリングが二個並んでいる。


「右手の薬指にはめてみて?」


 三宅の言葉に、僕は指輪を右手の薬指にはめてみた。


「おお。ぴったり!」

「良かったあ」


 三宅がホッと胸をなでおろす。


「でも、なんで僕の指のサイズ知ってるの?」


 すると、彼女はハンガーにかけた白いコートのポケットから、何かを取り出した。

 輪っかだった。

 紙できた……これはストローが入っていた袋だ。


「ああ、フードコートで指を触ってきたのって!」


 僕の言葉に三宅がドヤ顔をする。


「うん。こっそり薬指のサイズ計ってたんだー。お姉ちゃんも彼氏に同じことしたんだって」

「ありがとう。うれしいよ」


 僕はそう言って、肉球の飾りを指でそっと撫でた。


「どういたしまして」


 にっこり微笑む三宅に、僕は心の底から叫びたくなった。

 大好きだ。

 いや、ちゃんと言葉にしよう。

 だって僕はこのどうしようもないほど猫が好きな三宅の彼氏なんだから。

         

<おわり>

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